22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2019年11月

以下は、論文「日本におけるシュタイナー教育の動向」(大野裕美/名古屋市立大学大学院)からの抜粋である。
こんにちのシュタイナー教育に対する私の疑義を代弁してくれている。
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育児雑誌 『クーヨン』の定期掲載により、育児層の関心を高め、「シュタイナー的子育て」 というコンセプ トが母親たちの心を捉えた。 そこには、難解な思想は割愛され、シュタイナー教育では子どもをどのように捉えるかが分かりやすく紹介されており、具体的な玩具や育児環境も含めて、興味を促す構成になっている。
シュタイナー教育では、モンテッソーリ教育のように教具というものは無いが、手仕事関係の道具や、本場ドイツから人智学の思想を取り入れ、つくられている木の玩具を中心とするものなどがある 。それらヨーロッパ系玩具を取り扱う店が、「シュタイナーのおもちゃ」として販売したことで、誰でも容易に入手出来るようになった。 このように、表層的なレベルで、思想とは切り離されたかたちで日常生活のなかに入り込んできた。しかし、これらは広がりを加速する一因とはなったが、同時に誤謬も生み出した。木の玩具であれば内容を問わずシュタイナー系と宣伝されたり、自然派志向の高まりにより無農薬 ・無添加であることや、ホメオパシーなどがシュタイナー系と言われたりする。もしくは、シュタイナー教育の一部分のみが抽出され、子ども部屋にはピンクの力一テンが必要であるとか、テレビは絶対見せてはいけないなど、曲解や強調により誤解を招く現象も多々見られる。

シュタイナー学園から、わずか300メートルほどのところに熊が出た。ともすれば、校庭を走りまわりかねない距離だ。
クマは母子らしく、その直前にも近隣の車道で目撃されている。
この時期の母グマは気が立つというから用心したい。
私はよくクマの夢を見る。必死に逃げ惑い、九死に一生を得るという展開がほとんどだ。
クマ恐怖は吉村昭の『羆嵐』に起因する。
体長3メートルもあるヒグマが、北海道の開拓村ひとつを壊滅させたという史実はまさに心胆寒からしめるものがある。
そんなクマ怖しの私であるが、秋田県のマタギの里・阿仁には毎年のように出向いている。イワナ釣りの師匠が移住され、そこを訪ねるのだ。
師匠の家にはクマよけスプレーが常備されていた。近隣に出没するというから必需品だ。今後、藤野にも必要になりそうだ。
いつなんどきクマが出没するかわからぬという緊張感ははかりしれない。
道草食おうものなら「あるひ、森のなか、クマさんに出ああた♪」なんてことになりかねない。
母親の運転するクルマで厳戒登下校。せっかく自然のなかに身を置きながら、むしろ都会以上に炭素文明の世話になってしまうというパラドックスは痛々しいばかりだ。
さらには、先の台風で崩落している箇所もあり、ところどころで大渋滞。「いったい何ゲーよ?」というくらいのエクストリーム通学を余儀なくされている。
でも、母グマ恐怖はたかが知れている。本当に怖いのは気が立った藤野婦人だ。
災害やクマ出没にストレスを募らせた母親のほうが、よっぽど危険だ。
道路が復旧し、クマが冬眠に入っても、藤野紳士の厳戒態勢は続く。

昨日のエントリーで、藤野やまなみ温泉は「モンモンお断り」と記した。
すると暇人東大卒社長から、至近の「東尾垂の湯(廃業)」はモンモンOKだったとの通報。
そこで、実状を確認するために藤野やまなみ温泉に来てみた。
驚いたことにモンモンお断りの表示はどこにもないではないか。あれは夢だったのか。いやそんなことはない。
かの暇人は頼んでもないのに、この件について、さらに調べてくれた。
すると、東京オリンピックに向けてのインバウンド政策で、政府がモンモン(というよりタトゥー)容認を各方面に通達していることがわかった。
そう、モンモン容認は藤野にかぎったことではなく、全国的な潮流だったのだ。
だがこれで一件落着とならない。一方においては、ハンシャ排除の流れは強まるばかりだからだ。
銀行と書類を交わすたびに「塾長は反社会的勢力ではありませんよね?」「なわけねーだろ! 俺は社会的勢力だってのw」
こんな茶番はともかく、ヤクザはクルマも買えない御時世だ。ハンシャ認定されては生活もままならない。
タトゥーはだいぶ一般的になってきた。タトゥー=ハンシャというわけでもないのだろうが、それでもモンモンの一種として色眼鏡で見られるのが現実だ。
ましてや、藤野婦人はなおさらだろう。その多くはモンモン全般に対して寛容性を発揮するとは思えない。
「藤野って、俺たちにも寛容だってよ。多様性っていいよな」なんてハンシャ民が大挙したら、藤野婦人は卒倒するだろう。
モンモン容認をめぐって、藤野が二分することになるかもしれない。
インバウンド政策とハンシャ排除。この2つの激流に翻弄されているのが「多様性あふれるアートのまち藤野」なのである。

藤野やまなみ温泉のモンモン率は高い。温泉側は世間並みに「ご遠慮ください」と警告しているが、事実上、野放しだ。
露天風呂につかっていると、ふつうにタトゥーを見かけるし、あるときは全身彫り物の御仁すら目撃した。
聞けば刺青、入墨、タトゥーはそれぞれ異なるというが、私のような門外漢にはわからない。
その違いを知るべく、じっくり眺めてみたいと思うが、そうもいかない。視界の隅に置くにとどめている。
それにしても、藤野にはモンモン人が多い。これはなぜなのだろうか。やはり「アート」と関係あるのだろうか。
まじまじと観察したことはないが、それぞれ意匠をこらしている。アートといえなくもない。
ラッパーが仲間との連帯を表すためにタトゥーを入れるときく。藤野的連帯のシンボルなのだろうか。
そういうわけで、藤野少年にとって、モンモンは日常的光景だ。彼らにとって、モンモンのハードルは低くならざるを得ない。
アートと「ハンシャ(=反社会勢力)」の象徴とされるモンモンとの折り合いは那辺に得られるのか。一家言ある方、ご教示くだされ👺

ドラクエウォークをやっているせいか、最近しばしば藤野婦人に遭遇する。
出くわした途端、婦人たちは顔を引きつらせる。悪名高き「藤野論」の著者だ。そうなるのも無理もない。
怖がらせるのは私の望むところではない。「よぉ! 元気ィ?」と、ことさら友好的に声をかけるようにしている(ただし私は、大人げないことでは世界的に有名な男だ。ひとりふたり、引きつる顔に一瞥食らわせてシカトしたこともあるw)
それにしても、ずいぶん変わったものだ。何がといえば、藤野婦人の物腰がだ。
「塾長は藤野の救世主です」とばかりに、リスペクトフェロモンをむんむんさせるようになった婦人もいれば、「敵にまわしたら大変」とばかりに媚び媚びになった婦人もいる。ブログひとつで、こうも関係性が一変するものかと驚かされるばかりだ。
先ごろ、怪力の大阪人が遊びにきていたので、被災地復旧ボランティアに出向くことにした。
友人の実家が地滑りで、なぎ倒されたので、その片づけに行こうというわけだ。
だが結局、やまなみ温泉、大和家、グダンコーヒーと藤野見物に終始し、夕暮れ時「御見舞」を渡してお茶を濁すことになった。
その晩、我が家での一献。当地での見聞を踏まえて、かの大阪人はこう切り出した。
「塾長、いま藤野に必要なのは『したいなあ教育』とちゃいますか」
私は早稲田大学教育学部で、子安美智子先生からシュタイナー教育の手ほどきを受けた。
今は亡き先生がシュタイナー教育を通じてもたらそうとしたのは、じつは「したいなあ教育」なのだったのではないか。
大阪人のひと言で、シュタイナー教育の本質を垣間見たような気がした。これについては、これから研究していきたい。

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