22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2019年10月

武蔵小杉と藤野は似ている。前からそう思っていた。
オサレなまちのタワマンライフとロハスなまちのほっこりライフ。
一見違うが、ともに意識高い系ファミリーによる戦略的居住という点で酷似している。
両者は今回の台風災害で明暗を分けた。
台風によって藤野は陸の孤島と化した。中央道、甲州街道、JR中央線が寸断。台風通過後、何日にもわたって、都内に出るのに何時間もかかるという有様である。
私は少年期から、何度もこんな経験をしているので、高尾駅前に拠点を設けるなどの対策を講じてきたが、新住民たちにとっては、田舎暮らしの厳しい洗礼を受けるかたちとなった。
ただ藤野民は、おたがい協力しあって難局を乗り越えようとした。
メーリングリスト「よろずや」では、交通情報や送迎支援、物資の提供から被災地復旧ボランティア情報まで、活発にやりとりがなされている。おたがい支えあおうという姿は麗しい。これは藤野のよさといえよう。
一方の武蔵小杉。こちらは、抜け駆けウンコの犯人探しが始まるなど、住民同士の疑心暗鬼が渦巻いているという。
ネットでは「ムサコざまあ」という声があふれ、これまでお高くとまっていたムサコ民は一転、揶揄の対象に陥ってしまった。
これでは居住地として復旧したとしても、ブランドはもちろん、コミュニティとしての復興も果たせそうもない。武蔵小杉こそ災害ディストピアの典型といえよう。
その点、藤野は災害ユートピアといえる。災害を通じて、人びとのつながりが生まれ、絆が強まった。藤野冥利に尽きるというものだ。
だが、手放しでは喜べないのではないか。私は警鐘を鳴らしたい。
今回のユートピア実現が「成功体験」になると、災害依存体質になってしまうからだ。
江戸に火事が多かったのも、町火消したちが、もてはやされすぎたからではないか。
表立って災害を期待する者はほとんどいない。だが「活躍の場」への期待感は潜在意識として「地域の気分」に刷り込まれる。
いまだ渦中の藤野民に物申すのは酷かもしれない。だが、ひとつ戒めておくべきことがある。それは、今から重心を下げておけということだ。酩酊してはならない。
淡々と災害対応にあたり、終えたら火照りを冷まし、一刻も早く日常に回帰すべきだ。
でなければ、これ機に災害待望気分が沈潜することになろう。そして、その想念は現実の災害を惹起しかねない。
武蔵小杉的「災害ディストピア」をまぬがれた藤野であるが「災害ユートピア」を誇示している場合ではないのである。

この1週間、私はドラクエに没入していた。妻子がいては集中できぬ。決然と家を出て、実家の座敷に陣取った。
布団と食料を運び込み、障子を締め切り、日がな一日、無言でゲームに興じる五十路息子。悋気にふれまいと息を殺す老父母の胸に何が去来しただろうか。
8月下旬から、活力の減退を自覚するようになった。
ナイスバディの嫁を前にしても劣情を催すこと乏しくなり、仕事に対する意欲もますます低下した。
暑気のせいもあるだろうが、それだけでないようだ。私は戦慄した。
こういうときはドラクエだ。急ぎプレステとソフトを買い求めて、今回の仕儀とあいなった。
そして昨夜、坊やが見守るなか、ラスボスを倒し、今日ようやく娑婆に出てきたのだ。
最も自殺が多いのは「49歳男」だという。まさに私の年齢だ。
死にたいなどとは微塵も思わないが、何事も成していない我が人生に焦燥感を覚える。
49歳で本能寺に散った信長は、すでに天下を手中におさめていた。上杉謙信にしても、義の男として、その名を天下に轟かせていた。
なのに、俺はなんだ。ただの暇人じゃねえか。
こんな自責自虐の念は、どうやら男性ホルモンの仕業らしい。テストステロンの分泌が減ると、いわゆる「男の更年期」を迎えるのだそうだ。
本書を読んで「俺はいよいよ更年期なのか」と衝撃を受けた。
注射一発で元気ハツラツになるとのことだが、まずは自力回春に期待ということで、ひさびさにジョギング。注射は絶対いやなのよw
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九段に住んでいたとき、千代田区の人口は4万人程度だった。あれから15年、今や5割増の6万人超だという。
東京都、いや都心3区への人口集中がこれからさらに加速するのだそうだ。
とは言っても、その主たる層は高齢者。25年後の2045年には、75歳以上が3割近くを占めるという。
「そんな年寄りばっかりじゃ困るねえ」瞬時そう思ったが、その「年寄り」とは私自身に他ならないことに気づいて愕然とした。2045年、我々の年代は後期高齢者に仲間入りするのだ。
サラリーマン社会には、役職定年なるものがあるという。55歳で昇進が止まり、その後はヒラ社員として定年まで勤務するというのが一般的のようだ。
先日参加した高校の同窓会でも、そんな話がちらほら出ていて驚いた。「えー、定年だってえ⁉︎
私の周囲には、サラリーマンが極端に少ない。定年なんて言葉が出ることは、これまで一度もなかった。
いまだに「仕事に恋に♪」と学生気分が抜けない私を尻目に、同級生諸君は老境に向けて、着実に意識を傾けていたのだ。
これまで「人口が減ろうと、年金が破綻しようと関係ねえよ」とうそぶいていたが、意外とこれは、我が人生戦略における死角だったかもしれない。
「定年」をひとつのマイルストーンとしてとらえることは、私のような自儘人にとって大事なことのように思えてきた👺
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