22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2018年12月

「なにこれ?(こんなもんが、なんであるの?)」と藤野婦人が冷たい視線を向けた先にあったのは日の丸だ。
我が家の応接室には日章旗がある。大統領執務室みたいな感じで、ソファの横に屹立している。
ずいぶん前、その方面の方からもらった。気に入っていて、忘れなければ、旗日には玄関先に掲げている。
だからといって、もちろん私は右翼ではない。右っぽいところもあれば、左っぽいところもある。選挙では、頼まれた人に投票してしまう意識低い系だ。
右だろうと左だろうと、私のような「観客」がヤジったところで世の中は変わることはない。歴史とはそういうものだ。
それに、この時代に、右やら左やら陣営を分けて考えるのもしっくりこない。
変わりゆく時勢を見据えながら、心静かに自分の打つべき手を考えることが、生活者としての爽やかな物腰なのではないかな。
冒頭の藤野婦人に見られるように、藤野では「反原発」「アベ政治を許さない」的なサヨク論調が支配的だ。
その点、私は「原発はイヤ」だが、「株上がったし、有効求人倍率もいいし、アベ政治なかなかいいじゃん」というノンポリだ(今後、変わるかもしれないけど)。
「一貫性がない」と、物分かりの悪い人から難詰されそうだが、そんなことはない。
むしろ「一貫性のある、それもお仕着せのイデオロギー」に縛られているほうが面倒くさい存在になっているんじゃないのかな。
イデオロギーに盲従していては「自由」は謳歌できない。仲間内で酔っ払って楽しいかもしれないが、そのぶん、言動に制約がかかるからだ。
成熟した紳士が政治と宗教を語らないのは、そんなタコツボに入りたくないからであろう。
語ったとたん、わらわらと面倒くさい「仲間」ができて、しがらみは増える一方。それに、一度関わると、足抜けは容易なことでない。
こんなこと、自由と多様性を標榜する藤野人なら先刻承知かと思いきや、意外とそうでもないようだ。あるいは、その「タコツボ」こそが藤野の実態なのかもしれないが。

「(あんたのところとは違って、藤野婦人は)みんなダンナラブだから云々」と面罵されたことがある。どんな文脈だったか忘れたが、こんなひとコマも藤野ならではといえよう。
たしかに藤野婦人は、総じて「ダンナラブ」だ。だが、実態を知る者からすれば、やりたい放題に文句ひとつ言わないダンナに、ラブという名の免罪符を一つ二つ発行しているだけとも思える。
うちは、私がやりたい放題なので、しばしば家内の反乱を招く。その点、藤野的ラブには欠けるが、オス・メス的お盛ん度は藤野夫婦の追随を許さないだろうw
尻に敷かれてもスマーイル、振り回されてもスマーイル。そんなナイスパパぶりは、とうてい私にはできぬ芸当だ。だが、藤野紳士はそれができる。彼らは「大人」なのだ。
諦めるべきは諦め、果たすべき役割は果たす。「藤野」にエリートサラリーマンが多いのもうなずける。
会社で耐えがたきを耐え、家庭で忍びがたきを忍ぶ。藤野紳士たちの滅私奉公ぶりには心底頭が下がる。
さて、かの暴言婦人の夫君。ダンナラブとは名ばかりで、じっさいにはかなり虐げられていることを私は知っている。
気の毒極まりない身の上なのだが、彼はたとえ血が逆流しようとも耐え忍ぶだろうな(あるいは失踪?)。
ひょっとしたら、父の哀れな姿を見た孝行息子あたりから反乱の火の手があがるのかもしれない。
ともかく、妻のいう「ラブラブ」なんぞ、夫の臥薪嘗胆の上に成り立っている「幻」でしかない。
夫婦の真実は「ダンナの野性」を見れば一目瞭然だ。夫婦の実相はラブラブではなくビンビンに表れるのである。

「農業体験」は今や聖域だ。その教育的効果に疑義を挟もうものなら、一斉にバッシングされる。
藤野において、それは顕著であり、子供たちはニコニコと農作業に勤しむことが求められている。
子供にとっての農作業及び体験学習を考える上で、以下のエントリーは参考になるかもしれない。
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無着成恭の『やまびこ学校』は胸を打つ。学校に行きたい、存分に勉強したい、父ちゃん母ちゃんに楽をさせたい。そんな子供の赤心が胸にしみる。
あの時代、農村の小学生の日常は勉学ではなく、労働が主体であった。
農作業や家事、そして子守に明け暮れる。学校はそんな日常から離脱できる、つかの間のパラダイスだったのである。
私の恩師は鳥取県の片田舎出身だ。彼は親から「東大に行くのなら、進学させてやる」と言われて無我夢中で勉強した。そしてみごと鳥取市の名門校に進学、その後、東大に合格した。
ちなみに恩師は長男で「家」を離脱したことに今でも背徳感に苛まれているという。
だが、野良仕事に生涯を捧げることにくらべれば、それくらいの苦しみは甘受しなければならないのかもしれない。
かように、子供にとって(恒常的な)農作業というものは苦痛でしかなく、勉強こそが悦楽だったのである。
昨今、農作業が子供の教育上よいとされ、多くの学校では農業体験をカリキュラムに組み込んでいる。だが、その学習効果とは、いかほどのものなのだろうか。
以前、私の経営する会社で、インターンシップを受け入れていたことがある。
我々は「お客様」たるインターンシップ生を飽きさせないために、微に入り細に入り精魂を傾けた。
その甲斐あって、我が社のインターンシップは好評で、翌年以降、高倍率企業の一つとなった(だが、インターンシップ疲れが激しく、3年で打ち切った)。
だが、あれが本来の「職業体験」かといえば疑問だ。実態は、学生版キッザニアではなかったか。そんな虚構は教育の名のもとにごまんとある。
価格交渉から妥結にいたる。それから請求書を起こし、入金が行われたかを確認する。仕事の本質とは、この一連の過程に他ならない。
だが、これは子を産むという神聖な営みが、煎じ詰めればセックスであることと同様に、あまりにも生々しい。だから、あまり表立って語られることはない。
学生たちは、会社に入れば、パワポ資料をプロジェクターに映し出しながらプレゼンするものだと思っているが、そんな機会はまずない。
仕事の大半は書類作りとお金のやりとりなのだが、職業体験ものは、いずれも映像映えする部分だけ切り出す(法廷での弁護士と検事の丁々発止などはその典型例だ)。これでは「体験」とは名ばかりで、実態は「ごっこ」であると言わざるをえない。
そんな「体験」をたよりに仕事を選べば失望が待っている。新社会人のくじけやすさは、学校時代の陳腐な「体験(その時期に視聴したテレビ番組なども含め)」に起因するのではないか。
学校がやるべきことは、むしろ、こうしたギャップを埋めることにあるのだろうが、それができる教師がどれだけいるだろうか。
もっとも、そこまで教師に求めるのも酷だ。本来は、家庭教育でカバーすべき領域だろう。
だが、家庭で社会を体験するほうがよりハードルは高い。家庭はもはや社会から切り離された存在だからだ。
だがそれは近年の傾向だ。往時はちがった。
私淑する大先輩は、小学生時代、しばしば学校を休んでは、父親の行商に同行して手伝っていたという。こんな営みこそ「職業体験」ではないか。
その方は仕事を手伝いながら、高校卒業後、一流大学に入学され、家業を継いで精を出し、市長も歴任された。
「仕事をしていると勉強したくなるんだよ。それに勉強も身につく」この言葉は多くの示唆に富んでいる。子供が勉強するようになるためには、遠回りかもしれないが、仕事をさせるのがよいのである。
私自身実感する。あんなにデタラメだった学生時代とうってかわって、仕事を始めてからの勉強は真剣そのものだ。
学校の空転は、子供を「労働」から切り離したところ誘因であるように思えてならない。
職業体験などでお茶を濁さず、「リアル労働(当然、カネのやり取りも含め)」に従事させる。これが、子供・学校・家庭のよき関係を復活させるのではなかろうか。

家内がさんざん延滞した本を、藤野図書館に返却しに行った。そこには懐かしい顔。幼稚園のパパ友A氏だ。
A氏は私と年齢的には変わらない。だが、見た目は若づくりの私よりずいぶん上に見える。この日もお疲れのご様子。
A氏の顔を見て、以下のエントリーを思い出した。これも藤野の一相貌だ。
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ある親が、子供にお金を「見せない」よう四苦八苦しているという話を聞いた。信奉するシュタイナー教育に則った取り組みだということだ。
大学時代、シュタイナー教育をかじったわたしには、その解釈は飛躍が過ぎるように思える。シュタイナー教育というより、主導する母親独自の考え方なのだろう。
それはともかく、その子供は小学校高学年になるが、いまだに「お金」を手にするどころか、見たこともないという。ここに至る当事者たちの苦労は想像するにあまりある。
母親はもちろん、父親や縁類、そして周囲の人たちもお金を見せないように神経をとがらせ、テレビはもちろん見せない。買い物もひっそりと。そんなストレスフルな暮らしが目に浮かぶ。
しかし誰よりもストレスをためているのは子供当人だろう。
さすがにその時期まで、お金を見たことがないとは思えない。親の気持ちを汲んで、見ていないことにしてあげていたのではないか。
子供は親思いだ。親を喜ばせよう、親を悲しませまいと、そんな演技もいとわない。
だが、そんな気遣いを子供にさせるのはいかがなものか。「のびのび」というのは、こんな忖度をさせない気楽さのことではないか。
相手の意を汲むという技法は、社会に出れば、いやでも学ばざるを得ない。必要な時期に体得すべきだ。
私見ではあるが、幼少期から忖度を強いられている子女は一見成熟して見えるが、内実は疲弊していて元気を感じない。一様に目が虚ろなのである。
だが、最後にその「虚構」にもがき苦しむのは親自身なのかもしれない。みずからしつらえた蟻地獄に落ちて這い上がれなくなるのだ。やがて家全体が疲弊し、活力が失われてゆく。
過激なことはしないほうがいい。自戒したい。

我が母は「藤野婦人」であった。意識が高く、40年も前、世に先駆けて自然食の店をやっていた。おまけに当時としては高学歴、早稲田大学文学部卒だ。さらには、藤野(津久井郡澤井村)の出自でもある。
教育熱心で、この界隈にしては、かなり早く私立中学受験を企図し、私を小5から毎日都内の進学塾に通わせた。
ランチジャーという、ドカタおじさん常用のデカい保温弁当箱には、健康食が詰め込まれていた。めちゃくちゃ重いし、他の子がハンバーガーやら駅そばを食っているのが羨ましかったが、当時の私は親の想いを忖度して何も言わなかった。
小6に上がるころ、私の通う豊田教室の合格実績が芳しくないと知ると、ほかの母親たちと語らって、八王子教室に転校することになった。
豊田教室は楽しかったので、母親がギャンギャンと騒いだ挙句、勝手に決めて嫌だったが、おとなしくそれに従った。
かくのごとく当時の私は、今では信じられないくらい従順だったのである。
それから数年を経ずして、こんにちに至る決裂を迎えるとは皮肉なものだ。無理な圧力は、どこかで帳尻合わせを強いられるのだ。
こんにちの藤野婦人も、ひと世代前なら先駆的「お受験婦人」だったことだろう。「東大に入れば一生安泰よ」のフレーズが「ロハス東大に入れば一生安泰よ」になっただけで、その実体は今も昔も変わらない。
いまこうして「藤野婦人」に疑義を呈しているのは、過激な母へのアレルギー反応なのかもしれない。
熱狂的、操作的、独善的。過激教育婦人は、あたかも調教師(兼馬主)のごとく、我が競走馬の訓育にあたる。
自分がその時点で到達した価値観を最上のものとして、我が子に授けることに何のためらいもない。
発達段階無視で、育ち盛りの時期に「精進料理」を食わせ、マンガやゲームなど、少年らしい欲求を弾圧する。目的に向かって、ひたすら驀進させることが子供の幸せになると信じて疑わない。
ここで父親が「おいおい、ちょっとやりすぎではないかな」と水を差してくれればよいのだが、沸騰する藤野婦人を前にして、藤野紳士にそれができるかな。
それどころか、藤野夫婦のほとんどは一枚岩に見える。価値観を一様にしているからこそ、移住までできるのであろう。
そんな藤野夫婦が息子の「反乱」に遭遇した時どうするのか? 
その時、ともに鎮圧しようものなら、我が家の悲劇を再現することになる。さらなる反乱か逃亡か、あるいは無力感に打ちひしがれるか。
元気者の私はさんざん抵抗した。出口が見えないとわかると逃亡した。
幸いにして、私には祖母という逃げ場があった。近所に住む祖母の家で5年余り親と距離を置いた。
こういう時の多様性だ。「一様性のまち藤野」に必要なのは、我が祖母のような異なる価値観の持ち主の存在だ。
私のようなおやじがすぐ近くにいる。これが、藤野少年の心の支えになれば幸いである。

学生時代の彼女の父親は、事実上の組長だった。「総会長」と呼ばれていたその方から、わたしはこんな教えを受けた。
「いいか覚えておけ。ヤクザなんかでたらめだぞ。約束は守らないし裏切るし、とんでもないやつらだ」
高倉健の任侠映画を好んで観ていたわたしは、ヤクザこそ男の中の男。義理人情に殉じる漢の鑑だと思い込んでいた。
未来の婿になるかもしれない男に、変な道に進んでもらいたくない。今にして思えば、じつに親心あふれる言葉だったのだ。
あれから長い歳月を経て、今のわたしなら、青年にこう言うだろう。
「いいか覚えておけ。芸術家なんかでたらめだぞ。身勝手だし、だらしないし、とんでもないやつらだ」
わたしは芸術家と縁が深い。小説家をはじめとした作家とは、何度となく仕事をしてきた。訳あって、香港の現代アートの会社を保有することにもなった(まったく興味はないがw)
わたしがじかに接した芸術家たちは、一見まともだが、精神の奥底のところに狂乱を宿している。嵐山光三郎の『ざぶん』を読んでみるといい。文士の実像なんて、あんなものだ。
わたしの両親は文学青年と文学少女だった。世界文学全集を書棚に並べ、文人墨客の足跡をたどっては、その心情に思いを寄せてうっとりする。
芸術家とは崇高なる精神の持ち主で、身を清め作品に打ち込む聖者。こう両親は誤解していた。
その誤解でバチがあたったのか。あろうことか、芸術家に恋い焦がれた両親は、ついに「芸術家」を召喚してしまった。
結婚3回、落選2回、被告2回、事業失敗7、8回。日がな一日ぶらぶらし、好きなことにだけ熱狂する。家督を強奪して威張りくさっている。そんな化け物(親父の弁)が、無邪気に芸術に憧れるラブラブ夫婦の前に出現してしまったのだ。
両親にとって、もちろん、わたしは「聖なる芸術家」ではない。それどころか、つねに親の顔に泥を塗り続ける親不孝な道楽者。あるいは、粗暴でわけのわからぬマジキチ極道者でしかない。
おいおい語ることになるが、我が両親は典型的な「藤野夫婦」だ。だから、藤野夫婦をみていると、こんなことを言いたくなる。
無邪気に「芸術」に憧れることは、無邪気に任侠に憧れるくらい危険なことなのだよ。やばいものを召喚してしまうよ。

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