22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2018年08月


小3でサンタさんの正体は親だと知って以来、何年も知らぬふりをしていた。妹が3人もいるので、それは5年にも及んだ。
「いつまでもサンタさんを待つ純情な子供でいて欲しい」
子供をめぐるファンタジーは、親ならば誰しも持ち得る。だが、その「虚構」の維持にともなう「犠牲」も念頭に置きたい。
ある親が、子供にお金を「見せない」よう四苦八苦しているという話を聞いた。信奉するシュタイナー教育に則った取り組みだということだ。
大学時代、シュタイナー教育をかじったわたしには、その解釈は飛躍が過ぎるように思える。シュタイナー教育というより、主導する母親独自の考え方なのだろう。
それはともかく、その子供は小学校高学年になるが、いまだに「お金」を手にするどころか、見たこともないという。ここに至る当事者たちの苦労は想像するにあまりある。
母親はもちろん、父親や縁類、そして周囲の人たちもお金を見せないように神経をとがらせ、テレビはもちろん見せない。買い物もひっそりと。そんなストレスフルな暮らしが目に浮かぶ。
しかし誰よりもストレスをためているのは子供当人だろう。
さすがにその時期まで、お金を見たことがないとは思えない。親の気持ちを汲んで、見ていないことにしてあげていたのではないか。
子供は親思いだ。親を喜ばせよう、親を悲しませまいと、そんな演技もいとわない。わたしのサンタさん体験もそんな心情によるものだ。
だが、そんな気遣いを子供にさせるのはいかがなものか。「のびのび」というのは、こんな忖度をさせない気楽さのことではないか。
相手の意を汲むという技法は、社会に出れば、いやでも学ばざるを得ない。必要な時期に体得すべきだ。
私見ではあるが、幼少期から忖度を強いられている子女は一見成熟して見えるが、内実は疲弊していて元気を感じない。一様に目が虚ろなのである。
当時のわたしも、今にして思えば消耗著しかった。その後、いくつもの親のファンタジーを蹴散らしたので回復したが、当時の息苦しさは今のわたしには耐えられないw
だが、最後にその「虚構」にもがき苦しむのは親自身なのかもしれない。みずからしつらえた蟻地獄に落ちて這い上がれなくなるのだ。やがて家全体が疲弊し、活力が失われてゆく。
過激なことはしないほうがいい。自戒したい。

子供の頃は好きでもなかった根菜や青魚がじつにうまい。だからといって、我が子に「こんなうまいもの、なぜ食べないんだ」と言うつもりはない。
人にはそれぞれ発達段階がある。味覚同様、価値観も段階を経ながら培われてゆくものだ。
段階無視の跳躍強制は、幼少期のトラウマとなりかねない。いずれ相応の反動が起こることを覚悟しておくべきだ。
ところが、家庭教育においては、こういうことが頻繁に起こる。
たとえば、いま流行りの農業。農作業は子供の情操教育にいいという(その物言いは健康食と通底している)。
わたしも三十代半ばになったあたりから土いじりの愉しさに目覚めた。紅葉や青葉の美しさにも感じ入るようになった。
その頃から、無性に田舎暮らしがしたくなって、新潟や京都の山村に物件を探し回った。よくロハス雑誌を読んだりしたものだ。
とくに子供を持つと、この傾向は強まり、「よい環境」に対する意識は俄然高まる。
だが、大人にとって「よい環境」は果たして子供にとっても「よい環境」なのかは疑わしい。
わたし自身、山や川に囲まれた緑豊かな「よい環境」に育った。だが、子供心にそれはじつに退屈に思えた。
わたしは都市=「悪い環境」に憧れるようになり、田舎=「よい環境」を脱出するべく、もがきあがいた。
こんな経験は、わたしにかぎったことではない。
コンビニもろくにない所より、マクドナルドやゲーセンのある所のほうがワクワクするのが子供の心情だ。その発達段階を尊重してあげたい。
それどころか、「よい環境」を強いられると「悪い環境」に憧れるようになる。「よい食い物」を強いられると「悪い食い物」を渇望するようになる。そんな哀しき反動こそ、理想に燃える親は警戒すべきではないのか。
親たちは、おのれが長年かけて到達した価値観を、いきなり子供の口の中に押し込むようなまねは慎むべきだ。
もし、子供にロハス暮らしや「よい食い物」を日常にしてもらいたいのなら、自分が本心から愉しんで喜んでいる姿を見て、真似するようになってもらうほかない。
うわっつらのポーズや演技など、子供は見抜いている。「よい子」だから、それを包み隠して無邪気を演じているだけだ。
彼らの真意を見過ごすと、いずれ暴発か無気力という末路をたどることになる。
子供は子供。「小さな大人」にしていると、長じて「大きな子供」になってしまうのである。

1週間後に控えた人間ドックに、この1ヶ月鬱々としている。
再検査なんて言われたらどうしよう。緊急入院なんて言われたらどうしよう。
28年前にはガンノイローゼ、16年前にはエイズノイローゼを経験している。
父や末の妹も同様に杞憂がちであることを思えば、わたしの神経症は遺伝性の疾患といっていい。
ある医師は「そんな心配がストレスになり、本当に病気になるよ」と脅す。
友人の医師は「そういう心配性の人は健康に気をつけるから長生きだ」と激励する。
どちらもごもっとも。ありがとう。
ともあれ、当日まで、悶々とした気持ちで過ごすのであろう(毎年そうだ)。
ちょうど五木寛之さんの『健康という病』を読み終えた。
健康情報に振り回され、日々おのれの健康に神経質になっている健康病者の存在が指摘されている(まさに、わたしのことだw)。
人にはそれぞれの健康があり、身体の声を聴きながら、養生していくほかないとおっしゃる。
おおいに賛同するのだが、わたしはそんな悠長に構えていられない。この性格は変えられない。
それも含めての我が心身であるとあきらめて、せいぜいこれ以上失調を来さぬよう心がけるしかない。
いずれ息子か娘(あるいはその子孫たち)がこの気質を受け継ぐことになるのかもしれない。
彼らがよりスムーズな人生を歩むために、ご先祖様として、この薄氷体験から得た知見を残しておくことにしよう。

坊やは夏休みが始まるやいなや姿を消し、祖父母や妹たちの親族4家族十数人の中に身を置き、日々楽しそうにしている。
妻と娘は1週間ほど前から広島に帰省し、ぬくぬくとしているらしい。来週あたりには戻ってくるだろうが、まあいつでもいい。
わたしはひとり家に残り、日々読書とジョギングにいそしんでいる(時々、坊やのところに顔を出すが)。
そんな離散家庭であるが、今後の一つの理想的家族モデルたりうる考えている。
そもそも昔の家族なんてこんなものだった。子のない親類に養子に出したり、祖父母が育てたりなんてふつうにあった。
ちょうど読んでいる『強父論』の著者阿川佐和子さんも幼少の折、両親がアメリカに留学するため、1年間、伯父伯母に育てられたという。
家庭が一糸乱れぬ結束と運営が迫られるようになったのは、せいぜいこの三、四十年なのである。
こんにちの核家族に対して、わたしは以前から批判的だ。それは、子供の「逃げ場」がないからだ。
少子化のなか、ただでさえ少ないきょうだい。日頃顔を合わせるのは母親ばかり(父親は勤めで不在がち)。
こんな濃厚で多様性に欠ける環境は、子供にとって息苦しいことこの上ない。
魚にしても、無機質な金魚すくいのタライよりも草木が生い茂り、緩急おり交ぜた流れがあるほうがいいに決まっている。
これは子供にとっても同じことだ。いろいろな価値観、年齢、関係性の人たちがいる。さらには居場所も多様であったほうがさらにいい。
その日その時の気分で自由気ままに回遊する。坊やの日常はまさに川魚のごとし。その生活環境は一見複雑であるが、その複雑さが気楽さをもたらすのだ。
わたしがつくりあげたいのは、こんな分散型で多様性あるビオトープ的環境なのである。
昨今、多様性が叫ばれているが、そんな意識高い系家庭が意外にも一様性に陥っていることが少なくない。じつは、わたし自身、そんなパワフルな一様性家庭に育った。
わたしの場合、そんな「牢獄」からの脱出願望が社会で生きる上でのエネルギーとなったが、その道程は不毛であった。もっと質の高い苦労もできたはずだ。
複雑怪奇な社会を生きる上で必要なのは気楽さと多様性であろう。子供にとっていちばん毒なのは、単一価値観が横溢した閉鎖環境なのである。

先日のNHKスペシャルで、サーカスをいとなむ大家族のドキュメンタリーを放送していた。
主人公の小学生の少年は、興行にあわせて2ヶ月ごとに転校を繰り返し、トレーラーハウスに暮らし、日々鍛錬に明け暮れ、観客を前に危険な曲芸を披露する。
いわゆる「理想の教育環境」とはとうてい言えないが、子供たちの目は輝き、表情は溌剌としていた。それは、誇りと余裕すら感じさせた。
人生の主題に出会い、それに意欲的に取り組む。これが教育目標の最たるものではないか。
その点、この少年を取り巻く環境は成功しているように思える。
緊張感と責任感がともなう「主題」をみずから据え、これを家庭がサポートし、学校は見守る。
いかにも子供の教育環境など念頭になさそうな、それでいて元気溌剌としている両親が、結果的に子供の自立を現出し意欲を引き出している。
こと人生の主題を発見するという点においては「理想の教育環境」などさほど関係ないようだ。
むしろ、親による過度な整備と干渉が、子供の「人生の主題」との邂逅を妨げるほうが問題だ。自戒したい。

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