22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2018年04月

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私はたいへんな思い違いをしていたのかもしれない。
坊やはこの春、小学校に入学した。さんざん迷った挙句、地元の公立にした。隣の学区に、少人数の小中一貫校が数年前にできたので、そこにしたのだ。
坊やを入学させることは、私にとって息子を徴兵にとられるようなものだった。これによって、肉体的はともかく心理的な傷を負い、ともすれば、致命傷すら負いかねない。そんな危機感をつねに持ってきた。
だから入学式の日は、あたかも入営する息子を送り出すような緊張感を強いられた。ところが、こんな気負いは、入学式当日、瞬時に吹き飛んだ。
立派な校長先生、経験豊富な担任の先生は、私などよりよっぽど成熟した大人という印象を受けた。私はこういう人には、まったく頭が上がらない。事あらば一戦交えようと意気込んでいたが、あっさり旗を巻くこととなった。
当初坊やが進学しようとしていた学校には、なにかとコードが多く、「自由」を標榜するわりには息苦しさが感じられた。その付属校然とした幼稚園での体験で、私の学校観が硬化していたこともあったかもしれない。
その点、入学校の自由な雰囲気と成熟した運営には心打たれた。私が小学生だったころより、公立校は打たれて揉まれて、ブラッシュアップしたのではないか。
根っからの杞憂人。私は「学校」というものに対して過度・過剰な向き合い方をしてきたようである。私はいま、そんな反省を余儀なくされている。

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