22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2017年09月

駅スタンプラリーのついでに立ち寄った氣多大社。
坊やが気に入って、写真をばんばん撮っている。
その場で御朱印帳を購入して、御朱印をちょうだいした。
ここから一宮御朱印集めの旅が始まった。

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実直で果敢で折り目正しい。そんな好漢にかぎって、鬱病などのメンタルを病むのはなぜか。
うちに出入りしていた金融機関担当者は三十代半ば。学生時代、野球部でならした彼はリトルリーグのコーチでもあり、二人の息子の指導もしていた。
そんな彼が自殺した。死因は職場でのパワハラであるともいわれたが、どうやら鬱を病んでいたようである。
子供たちは大泣きしたことだろう。それを思うと、胸が締めつけられる。死んでいった父にしても無念だったことであろう。こんな不幸はなくならないものか。
もうひとり、出入りしている金融機関担当者も、部下5人のうち2人がメンタルの失調で病欠気味。彼らのフォローがたいへんだとこぼしていた。
彼も私もバブル(最終)世代だ。銀行に入るというだけで、人生の勝利者とされた時代に社会に出た。一浪二留した私にとって、彼らはとても眩しく思われ、ずいぶん妬んだものだ。
それはともかく、あれから四半世紀、世の中はずいぶん変わった。その変化の最たるものは、「安定」ではないだろうか。
彼ら銀行員はあの時代、もっとも安定したポジションを手に入れた(と思われた)。
一方の私は学生時代に起業して失敗。もっとも不安定な身の上に陥っていた。
時は90年代半ばのバブルは崩壊直後。すでに歴史的転換点を迎えていたが、それは一時的な「不景気」と思われていた時代のことである。(つづく)

幼稚園でも水泳教室でも落ちこぼれの坊やであるが、卑屈になることなく、泰然としているところがうれしい。
とはいえ、最初からそうだったわけではない。幼稚園の子供たちの挙動にとまどい、振りまわされていた時期もあった。
たとえば、活発な男児が台から飛び降りたり、相撲をしかけてくるので、坊やはすっかり圧倒されてしまった。坊やは無類の怖がりで、おとなしい男なのだ(私もまったく同じタイプだった)。
自信を失いかけているのを見て、私はこう語りかけた。
「いいか、お前は、ああいうことをするなよ。御山人おじさんは屋根から飛び降りたりしないだろ。マスターおじさんは相撲しようとか言ってこないだろ。あの子もいずれおとなしくなる。お前はいち早くおっさんになったということだ。おれはうれしい」
こんな調子で、坊やの態度や心境を一つ一つ正当化し、自分を中心とした磁場を築くように促した。
多少こじつけのきらいもあるが、その結果、坊やの精神が安定し、自信を持ってことに当たれるようになったのは事実である。
すべての子供にこうすべきであるとは思わない。ただ、坊やのような繊細な子供には、かなり強めに肯定する必要があると考える。
子育てノウハウは世に数多あるが、そのなかから見つくろうのではなく、自分で編み出すくらいの気概を持ちたい。
マニュアル本やノウハウ本に盲従したり、学校や塾にアウトソーシングするのでは、子供の味わいが引き立つことはない。問われているのは、われわれ親なのである。

キレる人は、国語力が低いといわれる。胸の内を言語で上手に表現できないと、動物のごとく、吠えたりうなったりすることで、感情を処理せざるを得ないということだ。
怒りをおさめるためには、紙に怒りや恐れの原因を書き出すといいともいわれる。感情は言語によって司られているのである。
司馬遼太郎は、子供には文章語を使わせよと言った。
「水」とか「やだ」という短語ではなく、必ず主語述語を用いた文章語を使わせることで、頭脳は明晰になり、情緒は安定するというのである。
私はこれを取り入れて、幼少期から坊やに文章語をしつけてきた。
たとえば、お菓子を欲しがって泣き叫んだら「ぼくはーーで言いなさい」と要求する。すると坊やは泣きやんで「ぼくはお菓子が欲しいのでください」と言う。そういう時は与えた。
当初はこうしてオペラント条件づけしたが、そのうち「今回はこれこれの理由があるから、やめておけ」と言えば、素直に従うようになった。話が通じる男になったのである。
文章語鍛錬を行わないと、大声で泣き叫べば要求が通ると考えるようになる。
クレーマーやモンスター某という手合いは、この時期、動物から人間になる訓練を受けなかったのではないか。
ちなみに私はこうした訓練を受けていない。それでどれだけ苦しんだことか。
自分が苦しむだけならまだいい。どれだけ人に迷惑をかけ苦しみを与えてきたことか。
こんな苦渋は、これからを生きる子供たちに味合わせたくない。

テレビはよくない。そんなことは自明の理だ。だが、そうした認識が一般的になればなるほど、へそ曲がりの私は擁護論をぶちたくなる。
私は「探偵! ナイトスクープ」とNHKの「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」「72時間」を録画してみている。
大相撲やヒアリといったテーマでも、いったん見始めるととても勉強になることが多いから、興味のあるなしに関係なく全てみることにしている。
「72時間」は丸3日定点観測するドキュメンタリーで、最近、これが気に入っている。
どこがいいかといえば、心やさしくなれるところだ。
ふだん接することのない、たとえば、交通誘導員やマイルドヤンキーという人びとに意外と心なごむ。なんだ、けっこういい人たちじゃいかと。
その点、ネットは心がすさむ。荒々しい言葉と辛辣な言論に疲れを感じたら、テレビをみるのも手だ。精神の平衡に効果があるかもしれない。
ちなみに、番組は笑えるものから先にみるといい。
「探偵! ナイトスクープ」で泣き笑いしてから「Nスペ」をみると、あきらかに映像(特に文字)がよく見える。目の周りの筋肉がほぐされると、視神経の伝達もよくなるのだろうか。

「幼稚園、面白くない」と言いながら、坊やはほぼ皆勤である。
ひところ、行きたくないと本気で意思表示したので、私はこう語りかけた。
「(幼稚園に)行きたくなくて行かないのは赤ちゃん。行きたくて行くのが子供。行きたくなくても行くのがおっさん」
この言葉ひとつで、坊やは淡々と通園しはじめた。坊やは「おっさん」に憧れているのである。
おっさんとは私およびその仲間である。坊やは私の友達が好きだ。
畏友高橋御山人師をはじめ、我が友たちは趣味に仕事に元気ハツラツな英雄豪傑ばかりだ。
こんな憧れを持つことで、どれだけ人生の支えになるだろうか。
いくら言葉を尽くして説得したところで、感情が動かなければ意味がない。道理や損得を説くより、心に「英雄」を持つことが、少年の行動を変えてゆく。
むろん、憧れの存在は父親であることが望ましい。父を畏敬する男児は強靭だ。
ここで問いたい。世の母親は、息子の「英雄」を英雄たらしめているだろうか。
息子の英雄を地に落とすことは、愛する息子の活力を摩滅することになる。
英雄は一人では成り立ち得ない。英雄とはひとつの幻想でもあるからだ。

菅直人元首相と飲んだ。一昨日のことである。というと、いささかもりすぎか。宴席でたまたま隣の席に菅さんが座ったに過ぎず、彼が私を認識していたとは思えない。
菅さんは私の師匠・岳真也先生の盟友であり、この日も一次会から三次会まで、6時間も同席くださった。
じつはこの日、私は気が気ではなかった。というのは、昼過ぎに北朝鮮が核実験を行って、情勢が緊迫していたからである。
歴史懇話会に参加しているさなかから、懇親会は遠慮して、帰路につこうかとそわそわしていた。
そんな不安を払拭してくれたのが元首相であった。隣席で杯を交わしていた間、菅さんのケータイが鳴ったのはわずか2回。それも深刻な連絡ではなさそうだった。それを踏まえ、当座は憂慮すべき状況ではないと確信した。
思えば6年前、かの大震災と原発事故の際、菅さんは首相であった。
家内が菅内閣の法務大臣の秘書をしていたこともあり、結婚式に祝電を頂戴したこともある。
内閣総理大臣 菅直人
この文字をみて、感慨ひとしおであった。というのは、菅さんは私の母校のある国立市を選挙区としていて、若き日の菅さんは毎度毎度落選していたのをよく覚えているからだ。
七転八倒。不撓不屈。弱小政治家が首相になってゆく様は、同時代人として感動的であった。
何度苦難に陥ろうと諦めずめげずに立ち向かう。毀誉褒貶あろうが、現代の英雄の一人といえよう。(尚、私は民主党はどうにも好きになれず、これまで一度も投票したことはない)。
その精神力の在り処を菅さんから聴き出したいと思った。
切り口の一つは、息子さんを「源太郎」と名づけたことだろう。
「源太郎」は、むろん日露戦争の英雄・児玉源太郎にちなむ。菅さんの出身地たる長州の産だ。
リベラル色の強い菅さんと日露戦争の英雄は一見相いれない。だが、そこにこそ、左だとか右とかを超えた一個の英雄の本質が見えてきそうな気がするのだ。
そんな話を伺いたかったが、この場は喧騒に過ぎた。またの機会を探りたい。

Amazonに音声コンテンツを提供しているが、担当者は3代目、もう10年も対面していない(エンドユーザーに至っては誰一人として面識がない)。
コミュニケーション能力というと「対面」という言葉がついてまわるが、これは時代とともに変わらざるを得ないだろう。
これからはリアルのコミュニケーション能力以上に、バーチャルのコミュニケーション能力を磨くべきである。
バーチャルのコミュニケーションで問われるのは、何よりも文章力だ。
文章は書くのも難しいし、読むのも難しい。短文を心がけ、恥ずかしがらずに、顔文字でもなんでも繰り出す。読んでもらえる文章を書く練習は、学校時代に習得すべきことの最たるものといえる。
その点、恋愛はその技術を格段に高めてくれる。それに勉強への意欲も高めてくれる。若者たちには、大いに恋愛に身を焦がしてもらいたい。
いまやネットで知り合って結婚する時代だ。私の友人にも何人もいる。リアルのコミュニケーションは、ともすればノリやムードに流されやすい。そこに冷静な判断をもたらすのが、バーチャルのコミュニケーション能力、すなわち書き言葉だ。
「書くことは人を確かにする」とはベンジャミン・フランクリンの言葉。
「コミュニケーション能力→対面」という図式から親自身が脱却しなければ、子供たちの成長の機会を奪ってしまうことになる。心したい。

子供はよくお皿をひっくり返したり、衣服を食べ物で汚す。そんな不始末は叱らないでやってほしい。
彼らは故意でやっているわけではない。たんに「技量」が足りないのである。
技術的に不可能なことを責めたところで、できるようにはならない。挙げ句の果てには、萎縮して行動を臆する人間になってしまう。だから、私は子供の不始末は叱らない。
ただ、ときには叱ることもある。それは不始末の始末、すなわちフォローをしない時だ(だが、そういうことは滅多にない)。
コップの水をこぼしたときは、自分で拭わせる。食べこぼしたら自分で拾わせる。不始末は、自分で始末すればそれでよい。
不始末をしでかしてパニックになっている時に、叱りつけたり懇々と説教したりしても意味はない。
「ドンマイ。フォローしっかりね」で十分なのである。

たとえば、加熱したヤカンがあったとする。
それに触らないようとするのが「子守り」だ。一方、あえて触らせて学習させようとするのが「子育て」だ。
もし大火傷するようであれば、むろんそんなことはさせないが、そうでない限り、学びの機会は摘むべきではない。
子供を生涯護りつづけられるわけではない。人生体験から得た叡智を、どれだけ子供に授けられるかが、子育ての本質なのだ。
夫婦喧嘩の多くは、子供への向き合い方が発端となる。その多くは、母親の「子守り」対父親の「子育て」という図式ではないか。すくなくとも、我が家ではそうだ。
うちの場合、坊や自身が、みずからの成長を決然と望み、母親からの「子守り」をはねのけてしまった。我が子ながらたいしたものだ。
うちの子に限らず、子供というものは生来的に成長を望んでいる。それが生物としての本能でもある。
だが、母親からの愛情の押しつけをはねのけるタイミングを得られないまま、それを受け入れているうちに、しだいにそれに耽溺してしまう。
世にいうマザコン男というのは、「子守り」を受け入れつづけてしまった、のんびり屋のお人好しなのだろう。
一般的に、母親は自分の子供、とくに男児を「弱いもの」と考える傾向があるらしい。
弱いのだから守ってあげなければという無垢な気持ちが、こうして裏目に出ることは枚挙にいとまがない。
芸能人の息子が問題を起こしたとき、純情な母親による「一生懸命の子守り」が露見する。財力を持った母親が息子をダメにするのは、淀殿と秀頼の時代から変わらない。
本来、子育てという「教育」を担うのは父親なのだが、忙しくて家にいないし、たまにいたところで、母親から教育権を取り戻せるわけがない。
かくして、子守りに馴れきった男児たちが馬齢ばかり重ねてゆくのである。息子に対するなんたる裏切りだろうか。

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