22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2017年07月

価格交渉から妥結にいたる。それから請求書を起こし、入金が行われたかを確認する。仕事の本質とは、この一連の過程に他ならない。
だが、これは子を産むという神聖な営みが、煎じ詰めればセックスであることと同様に、あまりにも生々しい。だから、あまり表立って語られることはない。
学生たちは、会社に入れば、パワポ資料をプロジェクターに映し出しながらプレゼンするものだと思っているが、そんな機会はまずない。
仕事の大半は書類作りとお金のやりとりなのだが、職業体験ものは、いずれも映像映えする部分だけ切り出す(法廷での弁護士と検事の丁々発止などはその典型例だ)。これでは「体験」とは名ばかりで、実態は「ごっこ」であると言わざるをえない。
そんな「体験」をたよりに仕事を選べば失望が待っている。新社会人のくじけやすさは、学校時代の陳腐な「体験(その時期に視聴したテレビ番組なども含め)」に起因するのではないか。
学校がやるべきことは、むしろ、こうしたギャップを埋めることにあるのだろうが、それができる教師がどれだけいるだろうか。
もっとも、そこまで教師に求めるのも酷だ。本来は、家庭教育でカバーすべき領域だろう。
だが、家庭で社会を体験するほうがよりハードルは高い。家庭はもはや社会から切り離された存在だからだ。
だがそれは近年の傾向だ。往時はちがった。
私淑する大先輩は、小学生時代、しばしば学校を休んでは、父親の行商に同行して手伝っていたという。こんな営みこそ「職業体験」ではないか。
その方は仕事を手伝いながら、高校卒業後、一流大学に入学され、家業を継いで精を出し、市長も歴任された。
「仕事をしていると勉強したくなるんだよ。それに勉強も身につく」この言葉は多くの示唆に富んでいる。子供が勉強するようになるためには、遠回りかもしれないが、仕事をさせるのがよいのである。
私自身実感する。あんなにデタラメだった学生時代とうってかわって、仕事を始めてからの勉強は真剣そのものだ。
学校の空転は、子供を「労働」から切り離したところ誘因であるように思えてならない。
職業体験などでお茶を濁さず、「リアル労働(当然、カネのやり取りも含め)」に従事させる。これが、子供・学校・家庭のよき関係を復活させるのではなかろうか。

無着成恭の『やまびこ学校』は胸を打つ。学校に行きたい、存分に勉強したい、父ちゃん母ちゃんに楽をさせたい。そんな子供の赤心が胸にしみる。
あの時代、農村の小学生の日常は勉学ではなく、労働が主体であった。
農作業や家事、そして子守に明け暮れる。学校はそんな日常から離脱できる、つかの間のパラダイスだったのである。
私の恩師は鳥取県の片田舎出身だ。彼は親から「東大に行くのなら、進学させてやる」と言われて無我夢中で勉強した。そしてみごと鳥取市の名門校に進学、その後、東大に合格した。
ちなみに恩師は長男で「家」を離脱したことに今でも背徳感に苛まれているという。
だが、野良仕事に生涯を捧げることにくらべれば、それくらいの苦しみは甘受しなければならないのかもしれない。
かように、子供にとって(恒常的な)農作業というものは苦痛でしかなく、勉強こそが悦楽だったのである。
昨今、農作業が子供の教育上よいとされ、多くの学校では農業体験をカリキュラムに組み込んでいる。だが、その学習効果とは、どのようなものなのだろうか。
以前、私の経営する会社で、インターンシップを受け入れていたことがある。
我々は「お客様」、いやインターンシップ生を飽きさせないようなメニューを念入りにこしらえて迎え入れた。
まるで税務調査を受けるかのように、微に入り細に入り精魂傾けた。そのせいで、インターンシップ期間が終えたときには、担当者も疲れきっていた(なので、3年で打ち切った。その後も再三、受け入れ要請があったことを思うと、いずこの会社もインターンシップ疲れがあったものと思われる)。
その甲斐あってか、我が社のインターンシップは好評で、翌年以降、高倍率企業の一つとなった。
だが、あれが本来の「社会」体験かといえば疑問だ。実態は、学生版キッザニアではなかったか。そんな虚構は教育の名のもとにごまんとある。(つづく)

驕る平家は久しからず。増長した女たち(むろん全ての女性ではない。文字通り「増長した女たち」である)は、同じく増長した男たちがかつて歩んだ轍を着実に踏みつつある。
所与の幸福をみずからぶち壊しただけでなく、愛する息子を惰弱にし、仲良し娘を猛々しくすることで、不幸家庭を再生産していく。生みだした禍根は早晩我が身に降りかかるのである。
かねてより中流家庭の崩壊が叫ばれているが、その主たる層はこの母権膨張家庭に他ならない。それは私にとっても他人ごとではない。油断は禁物だ。
私はこうした主題を、おのれを戒め律するために追求してきた。あわせて、同士たりうる友を探そうと訴えかけてきた。
だが、最近その意欲がいくらか減退してきた。というのは、「夫」もしくは「父」に埋没する男たちの多くは、すでに去勢され萎縮し、すっかりフニャチン野郎に堕ちてしまっていたからである。
「臆病で無責任な百姓町人は三代経なければしゃんとしない」こう発言したのは福沢諭吉だったが、いまの男たちもこれに近い。
薄い笑みをたたえながら、眉をひそめて当惑するばかりの彼らに問題提起したところで暖簾に腕押しだ(あるいは心中、世間知らずの書正論と蔑んでいるのかもしれないが)。
明治維新後にしても太平洋戦争後にしても、過ぎ去ってみて、はじめて前時代の体制がいかに重苦しいものであったかを思い知る。
だが、渦中に身を置いていると、そんな理不尽ですら馴れが生じて、とくに不満も感じなくなるものだ。現今の男たちも飼いならされ、そんな不感症に陥っているのであろうか。
むしろ、一部の女性たちのほうが響いてくれる。知的で気品ある女性たちだ。
たまさかの時流に驕ることなく、冷静に謙虚におのれの歩むべき道を見出そうとする。そんな女性が少なからずいることは、せめてもの救いだ。
この社会の行く末は、そんな聡明なな女性たちが主導するのではないか。
対立軸は男対女ではなく、「聡明な女性」対「傲りたかぶった女」なのかもしれない。

男にとっての幸せは、多くの女にモテることである。それに対し、女にとっての幸せとは一人の男に愛されることであるーーらしい。
「らしい」というのは、男の私にとって仄聞でしかないからだ。
これが真実だとすると、いま進んでいる女権膨張は、女総体の待遇を向上させるが、個々の女の幸せには寄与しそうにない。
家計を握り、親権を盾にして、夫を完全制圧。そんな専横を極めた女を心底愛せるような男はそうはいないからである。
男性器は強者を叩くように設計されていない。弱者に対して威力を発揮する。司馬遼太郎はこんなふうにおどけてみせたが、これは真実である。
つい先ごろ、東大卒のエリート街道まっしぐら代議士が男性秘書をさんざん罵倒して問題になったが、やはり旦那にも逃げられてしまったようである。
今後、熟年離婚が増えるであろう。だが、それは以前のように、妻が三下り半を突きつけるのではなく、夫のほうから愛想を尽かされるものになるに違いない。
子供を育て上げ、老後はひとりで(あるいは仲間と、あるいは新しい女性と)趣味に仕事に余生を過ごすのを心待ちにしている男は少なくないはずだ。「いつか王子様がーー」は、こんにち男たちの切ない胸の内なのである。
昨今、生涯未婚者が増加しているが、これは男性主導によるものであろう。結婚したい女に対し、結婚してもいいと思う男の供給が追いつかないのである。
それも無理もない。家庭を持ったところで、こんな苛烈な運命が待っているのなら、結婚なんて願い下げと考えるのは当然のことである。
「女性のライバルは、男の趣味」これは作家・中谷彰宏の言葉だ。
結婚してしまったがために、好きなことを奪われ、監視され、隷属させられるなんてまっぴらごめん。そんな賢明な男たちの存在が女権膨張社会におけるレジスタンスなのだろう。(つづく)

親権争いは、子供を「連れ去った」側に軍配が上がる。やや乱暴な表現だが、これが実状である。
だから、「開戦やむなし」と判断したら、まず“玉”をおさえる。これは源平の世以来、いくさの常道である。
ある日、妻が子供の手を引いて実家に身を寄せる。こうして親権戦の火蓋が切られる。
奇襲をくらった男はこうなればもう為すすべがない(奪還しようものなら、警察が出てくる。これで逮捕された父親もいる)。
その後の調停から裁判に至る過程は俎上の鯉だ。せいぜい面会交流権をどれくらい確保できるか程度が争わされ、子供との生活は途絶えることになる。
妻サイド(そのときは弁護士や実家の親たちも参戦)は子供を「人質」に、養育費をめぐる交渉を有利にもっていこうと必死だ。
夫は日々の勤務を果たしつつ、収束の見えない消耗戦に引きずり込まれる。
子供がある程度の年齢に達していれば、子供当人の意思が尊重されるという。ところが「ある程度の年齢」というのが平均すれば10歳ということだ。
だが10歳であろうと、意思表示をしっかりしなければ、女親の元に置かれることになる。
その歳で「お母さんとの生活を望みません。私はお父さんとの暮らしを望みます」などと明言できる子供はそういまい。
正確な数字は把握していないが、戦前は父親の親権獲得率は9割近かったのではないか。それがこんにち1割程度であるといわれる。
この大転換の背景には、民法改正による家父長制の消滅もあるが、心理学における新理論も関係している。
心理学者ジョン・ボウルビィの愛着理論がそれだ。幼少期における母子密着(必ずしも母親でなくてもよい)の大切さが説かれていて、私も賛意を表する一人だ。
だが、この理論は、女天下の時勢の中なか、都合よく援用されてしまった。
「愛着理論にあるように、子供は母親から引き離されることは生育上有害である。したがって、親権は母親が保有すべきである」と。
ともかく父親が親権を獲得することは並大抵のことではない。
父親が親権獲得するには、それなりの財産があり、それなりの収入がある。その上で、日常的に子供と一緒にいられる時間が豊富にある(自営業や自由業)ことや自分の両親と同居しているなどの良環境といった難易度の高い条件が突きつけられる。
核家族のサラリーマンではとうていクリアできるものではない。
こういう「情報」は世の中に出回っているから、それを悪用する連中も出てくる。
夫の子供に対する愛情という「弱点」を突いて、やりたい放題の妻はかなりの数になるはずだ。
だが、お天道様はご覧になっている。このような理不尽は長続きしないことは、男がたどった歴史をみてもあきらかである。
次回は、女天下の行く末をみていくことにしよう。

うかうかしているうちに、男は「財布」と「子供」を妻に奪われていた。これでは勝ち目はゼロだ。
戦国時代、領国を奪われるのは、領主の「不在」が最大の原因だし、農地改革では、不在地主が土地を奪われた。そう、「いない」と奪われるのが世の常なのだ。
にもかかわらず、サラリーマンはとにかく家を空けていた。遠方の勤め先に日々通うのだからしかたないともいえるが、それだけではない。
小津安二郎の映画などに描かれるように、昔の勤め人は陽のあるうちに帰宅していた。
妻の手助け受けて、着流しに着替え、煙草をくゆられてくつろぐ。そんなシーンが印象的だ(「東京日和」だったか)。
こんな暮らしであれば、不在亭主として零落することはなかろうが、仕事後だらだらと飲み歩き、週末も仕事と称してゴルフでは、下克上をくらうのも無理もない。
子育ては積極的に取り組むと楽しく味わい深いものだが、片手間にやると、じつに面倒くさい(歯を食いしばって子守するイクメンたちを見よ)。
彼らの腰のすわらない生半可さに、妻は不満を覚え、子供も侮りはじめる。
「子育ては、妻に任せている」とうそぶいているうちに、「領国」の統治体系はしだいに変質していくのである。
それに追い打ちをかけたのが、親権をめぐる激変だ。これについては、次回述べることにしよう。(つづく)

いつの世も、カネを握る者が権力を握る。妻の権力膨張をもたらしたのは、家計というカネの支配だ。
サラリーマン家庭の一大特徴とは「お小遣い制」であろう。サラリーマンの多くは、月々数万円のお小遣いを妻からもらってやりくりする。
数年前、メガバンクの中堅行員が横領で逮捕された。
犯行の理由が「お小遣いを上げてもらえなかったから」だったことに衝撃を受けた。中学生の万引き事件と変わらないじゃないか。
その昔(昭和40年代頃まで)のサラリーマンは、まだ一家の長としての威厳を保持していた。
給料日に給料袋を持ち帰り、妻に手渡す。妻はつつしんでこれを受け取り、感謝の言葉も述べられたことだろう。
妻はその中から住宅ローンの支払い、酒代や米代、プロパンガスの支払いなどを割り振った。
当時はネット決済はおろか、クレジットカードも行き渡っていない。夫は平日昼間は会社に出ているので、支払いなどの経理庶務は、買い物ついでに妻が担った。だが、これが命取りになった。
カネを握る者が力を握るのは世の習い。誰が稼いでこようとも、現ナマを手にしている者が「所有者」になる。
消費者金融での借金であろうと、現金を手にしたとたん自分のカネと思い込んでしまうのと同じ心理だ。
しだいに、月々の給料は妻の既得権益と化し、それにともない、家庭内での権力を確立していった。そして気づいたときには、一介の経理係が財務大臣になっていたのである。
こんにちなら、各種支払いは夫でもいかようにもできるのだが、すでに時遅し。ひとたび確立した利権を崩すのは容易なことではない。
この利権構造は、サラリーマン子女同士の結婚では自動的に踏襲され、こんにちの一般的な家族モデルとなっている。
世間というものは、カネを握った者にしっぽを振る。
マスコミをはじめとした商売人たちがこぞって女を持ち上げるのは、家計の決裁者だからである。
これだけではない。時勢を背景に、妻たちはもう一つの巨大な利権を手に入れていた。それは「子供」である。これについては次回述べるとしよう。(つづく)

「男はバカ」と言い放つ女は喝采を浴び、「女はバカ」と言った男は吊し上げられる。これが時勢というものだ。
安倍首相やトランプ大統領を批判するのはたやすいが、膨張する女権を批判するのは命がけだ。
時の権力者は、いまや政治家ではなく女なのである。
時勢というやつには敵わない。司馬作品ではよく用いられる言葉だ。
家康を勝たせたのも時勢、明治維新を成功させたのも時勢。兵の多寡や将の能力以上に時勢がものをいう。
バブル時代、地位が逆転し、いまや女天下の時代である。早いもので、もう30年になる。
いまの父親たちは、物心ついたころから女天下だったので、これについて疑問を呈する者はもはや少数派だろう。
1970年代に「俺たちの旅」というドラマが放送されていた。中村雅俊演じる主人公は何かにつけて、「女は黙ってろよ」と彼女を怒鳴りつける。いまなら、大騒ぎになって打ち切り必至の場面が連発する。
奥村チヨの「恋の奴隷」が流れると、「あー、やばい、やばい」と男どものほうが慌てふためく。
じっさい、あの時代までは男はのさばっていた。いまでいうセクハラも当たり前、浮気ーーというより女をかこい、飲む打つ買うことにさほどの逡巡はなかった。
これは、明治以来の家父長制に依るところもあったが、それ以上に、徴兵義務という命を張ったお勤めがあったから、男は大目に見てもらっていたというのが実際のところだ。
ところが戦後、兵役義務はなくなり、仕事も命を張るようなたぐいのもの(炭鉱労働や漁師など)はほとんどなくなった。
それどころか、バブル頃から、ゴルフや宴会といった遊びが「仕事」とみなされるようになってしまった。これでは、妻をはじめとした家族の尊敬を集めるはずがない。かくして、男は権力の座から滑り落ちた。
ウーマンリブ運動、フェミニズム思想ーー平塚雷鳥の青鞜社以来の女権拡張の努力が実ったというより、権力の座にあぐらをかいた男どもが自滅したといったほうが実態に近いのではないか。
それにしても、女たちはどうしてこれほどまでに力を握るに至ったのか。その本質については、じつはあまり語られていない。
家庭文化と自己教育という観点からは、これは外せない論点だ。次回は、これについて私見を述べたい。

なぜ、学校は独立不覊、自由自在、不撓不屈といった人材育成を目標とするのか。前回、そんな問題提起を行なった。
その答えは「学校にとって困難な目標だから」ではなかろうか。
考えてみればいい。余裕で到達できることを目標にするだろうか。現状においては至らないが、目指していこうというものを目標として掲げるものだ。
「読み書きそろばんができる人材を育成します」なんてのは目標にもならない。到達が容易だからである。
そもそも「看板」というものは、無い物ねだりと相場は決まっている。
北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国と「民主主義」を謳うし、いわゆるブラック企業の経営理念は崇高だ。
我が家が「平和と繁栄」をモットーにしているのは、放置すれば内紛の絶えない転落中流になりかねない状況だからであり、すでになし得ていればそんなことを標榜することはない。
学校が達成目標として、さまざまな指針を掲げること自体は尊い。だが、それはあくまでも方向性なのである。
教育方針をみて、我が子をここに預ければ大丈夫。いずれ、かくのごとき人材に育つと考えるのは早計である。
我が母校・桐朋高校では「桐朋生は、紳士たれ」と、ことあるごとに校長先生がおっしゃっていたが、私はまったく紳士になれなかった。
学校が人格に与える影響度など、家庭の百分の一にも満たないのではないか。私の下品さは家庭文化に起因するものであり、母校のせいではない。
学校ショッピングに汲々とするより、家庭文化を見直すほうが先決なのである。

・テーマを追求する。没入最高。
・行動力がある。跳躍最高。
・粘り強く取り組む。めげない精神力最高。
このところ、坊やの進学に向けて学校説明会にいくつか参加したのだが、いずこも育成したい人物像は通底していた。私なりに煎じ詰めれば、上記の3点となる。
不遜を承知でいうが、この理想の人物像は私そのものである。
私の人生のテーマは「家族文化と自己教育」である。これを、仕事とはとくに関係なく、30年近く探求し、文章や語りで発表してきた。
趣味でも、JR全線完全乗車をはじめ、数々のコンプリートものに没入してきた。
行動力もある。学生時代以来、法人を10もつくってはつぶしてきた(懲りずに、現在も1つ設立準備中)。
結婚は3度目、落選は2度。被告も2度経験した(行動力の代償ではないか)。
もっとも私の場合、行動力というより軽率、あるいはおっちょこちょいといったほうが的確かもしれないが。
それはともかく、これだけ顰蹙をかって、これだけ修羅場をくぐれば、自然と打たれ強くもなる。
さて、これらの特性は、はたして学校で身につくのなのであろうか。
すくなくとも私についていえば、答えはノーである。
「没頭」は体質であろうし、「テーマ」は宿命であろう。「行動力」については幼稚さや強欲がベースにありそうだし、「打たれ強さ」は経験によって鍛錬された後天的な特性である。
いずれにも、学校が絡んでいるとは思えない。また、学校の教育目標足りえるとも思えない。
では、なぜ「学校」はこういう人物育成を目指そうとするのであろうか。それについては次回述べることにする。(つづく)

要は「社会」などというものは世間にごまんとあり、そこで求められる「社会性」なるものはそれぞれ異なるということだ。
たとえば、自営業者とサラリーマンにしても、日常的な人間関係の作法や心がけはまるで違う。
たとえるなら、戦国大名という経営者に求められるのは組織を生き延びさせるという能力。俗にいう「腹黒さ」であるのに対し、家臣たるサラリーマンに求められるのは忠実さや潔さという「腹白さ」だ。
社会に出たての若者が社長を安易にブラック呼ばわりするのも無理もない。立場が違えば、良しとされるスタンスも違うのである。
ちなみに、私にしても家内にしても、親族にサラリーマンがほとんどいない。ほぼ全員が自営業者だ。
日常的なつきあいも自営業者が多い。それも出版やITといった分野が目立つ。
同年齢の銀行員が我が家に出入りしているが、コミュニケーションがどこかちぐはぐしてしまう。だから、商用以上の関係に発展することはない。
「世間は狭い」とはこういうことだ。自由に泳ぎまわっているようでいて、じつは同じような階層で集団を成しているのである。
そして、その集団、すなわち社会ごとに文化があり、これに習熟していることをもって社会性があるとされる。
私のように自営業文化にどっぷりひたった者が、たとえば警察官(銀行員でも公務員でもいいが)になっても立ちゆかないだろう。自営業的社会性が生かされる仕事ではないからだ。
逆もまた真なり。警察官の息子がベンチャー企業を起そうとしても、公務員的社会性は足かせとなるだろう。
自分を取り巻く「文化」からかち得た暗黙知は、とうてい学校で教わることができるような次元のものではない。
学校に期待をかけるのではなく、属する社会のなかで、つちかってゆく。この覚悟が社会性涵養の本質なのではなかろうか。

学校には20年通ったが、社会性は身につかなかった。学校に対する反発心から、むしろ反社会性が身についてしまったかもしれない。
まがりなりにも社会性らしきものが身についたのは、仕事を通じてである。
私は大学2年で起業した。途中4年ほど会社に勤めたが、前後20年もの間、自営業者として生きてきた。
名刺や肩書きに頼れない身の上、そのなかで切った張ったするためには、その世界でのしきたりやつきあい方に習熟しなければならない。それが私の社会性の根幹を成した。
さて、そもそも社会性とはいったい何なのか? 
一般的には、誰とでも打ち解けて折り合いをつけられるコミュニケーション能力を指すのであろう。
学校生活でいえば、「友だち100人」できるような協調的で、部活などに積極的に取り組む活発な子の持つ特性だろう。
だが、そんな社会性は学校という特殊な世界においてのみ重宝される特性であり、実社会で通用するかとなると話は別だ。
私は大学での講義で、しばしば「話し上手より聴き上手。中途半端な話し上手は、うざがられるだけ。実社会は結局、好かれるかどうか。手堅く、聴き上手を目指そう」とけしかけている。
彼ら学生はしょせん「お客様」だ。お客様としての社会性をふりかざしたまま社会に出れば、即二軍生活だ。一軍での活躍は望めない。
なぜなら、社会人とは価値の提供者であり、お客様とは対を成す関係にあるからだ。
学校的社会性はあったが、実社会的社会性に欠ける。学校のスターたちが就職したとたん失速し、転落していくのはこうしたケースだ。(つづく)

相次ぐ教職員の不祥事から、森友学園や加計学園の問題まで、滅びゆく構造には、じつにさまざまなほころびが現れるものだ。
日々「学校」にまつわる不祥事が取りざたされるなか、ひっそりと「多様な学習機会確保法」なる法律が成立した。昨年暮れのことである。
フリースクールなどの非学校教育機関を学校と同等に扱っていこうという内容で、今後「学校」の自由化が本格化することを予見させる。
先進的な欧米では、さらに進んでいて、ホームエデュケーションが年々盛んになってきている。
学校に通わせず、自宅で教育を施すホームスクールはアメリカでは1993年に合法化され、ホームスクーラーは2015年現在、220万人と激増中である。
欧米でもいじめ問題は深刻で、それを回避するためという目的もある。だがそれ以上に、ホームエデュケーションの教育効果がその最たる要因だろう。
とある調査によると、学業成績もコミュニケーション能力も、ホームスクーラーのほうがあきらかに高いという。
考えてみれば、当然のことだ。教科学習というものは、少人数であればあるほどよい。個別指導をうたう学習塾が繁盛し、学校でもクラス定員を下げていることからもそれはあきらかだ。
我が子への情熱は先生など足元にもおよばない。子供の微細な変化に対してその都度ケアできる。
ホームスクール向けの教材も豊富で、ネットがあればいかなることも学ぶことができる。専門性の高い分野については、個別に家庭教師を頼めばいい(このあたりについては、
という本が参考になる)。
これでは、高学歴、高所得家庭の子女がホームエデュケーションに移行するのも無理もない。ホームエデュケーションは現代の英才教育だったのだ。
大量生産・大量消費を背景に、アウトソーシングされていた教育だが、いま揺り戻しの局面を迎えようとしている。今後、我が国においても、脱「学校」が本格化していくことは確実であろう。
こういうとき、「でも、学校に行かなければ、社会性が身につかないじゃないか」というツッコミが入るものだ。この「社会性」ついては、次回論じることにしよう。

これから、不登校児は、幕末における「脱藩者」のような位置づけになるのではないか。
当時、武士は藩を抜けること、すなわち脱藩はこれ以上ない罪であった。当人の切腹のみならずお家断絶という苛烈な処置を受けた。
だが、坂本龍馬をはじめ、時代をさきがけ、切り開いた志士たちは藩という絶対的な存在から離脱し飛翔した。
その後、彼らの多くは罪に問われるどころか、次の時代の担い手となったが、その初期においては、犠牲となった者も少なくない。
私には、彼らの姿が、不登校児として肩身の狭い思いを強いられている子供たちと重なってみえる。
「学校」から脱した彼らは、「藩」に馴染めなかった志士たち同様、常人にはない才能と気概をもって、これからの社会を創出していくことだろうが、彼らが活躍する新天地はまだ完全に到来していない。まだ世間の認識のおおかたは「幕藩体制」だからである。
以前、お節介おじさんが「不登校児を学校に戻すボランティアをしている」と得意げに言ったので、ちょっと腹が立ち、「彼らは起業家や芸術家の卵。よけいなことをしなさんな」とたしなめてしまった。
不登校児は学校で期待される要件を満たしにくいだけのことである。むしろ、彼らが凡百を超越した能力を持っている可能性のほうに期待すべきだ。
司馬遼太郎も村上春樹も水木しげるも、学校はつらかったと告白している。独創家にとって学校活動は苦役でしかない。
学校では、「突出」や「偏り」は評価されず、バランスと調和が至上価値だ。「学校はサラリーマン(昔は兵士)養成所」という著名ブロガーの言葉は正鵠を射ているといえよう。
そもそも才能というものは「突出」と「偏り」によって形づくられる。それをつぶして平坦にしようというシステムは、江戸時代の身分制度となんら変わらない。
福沢諭吉は「門閥は親の仇」と言い放った。才能や気概があっても、活躍の場が身分によって制限されている社会が彼の憎悪の対象となるのも無理もない。
才能を発揮できないほどつらいことはない。明治維新の原動力は、彼らのルサンチマンによってもたらされたといっていい。
江戸時代の身分制度はこんにちの学校制度。我々は滅びゆく体制とどう向き合えばいいのだろうか。(つづく)


池の深いところの周りにマタケを5本。 
七夕に、笹が間に合いました。これでいったん、このたびの造園は完成。


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かくして、いじめられた私は反撃することで解決した。そういう意味で、暴力はひとつの解決策となりうる。
だが、暴力はこんにち、まともな人たちの間では禁忌とされている。「やられたらやり返せ」という助言は効果がない。では、どうすればいいのだろうか。
私が提唱したいのは「学校迷信」からの離脱である。行って当たり前、行かないのは問題という呪縛を解くのである。
具体的には、子供に日頃から「ああ学校ね、まあ行っても行かなくてもいいんじゃないの。いやなら無理して行きなさんな。信長もキリストも行ってないしねw」と言いふくめておくのである。
子供たちは、「学校にしっかり行って立派な人間に育って欲しい」という親の期待にこたえようと懸命だ。だから、その重圧から解放してあげるのだ。
これなら、いじめを受けていても、親への責務との板挟みで苦しむことはだいぶ軽減されるのではないか。
察するに、自殺を選んだ子供たちは親思いなのだろう。
「ごめんなさい、いま私はいじめられています。お父さんお母さんの子供として面目ありません・・」そんな罪悪感が彼らを追い込んだのではなかろうか。
悲劇をすこしでも減らすためには、学校なんて無理して行く必要はないというコンセンサスを家族で確立しておくことだ。
これは仕事においてもいえる。労働は義務と憲法第27条で定められているが、死を賭してまでやるべき仕事なんてほとんどない。
「会社なんて、つらいようなら、やめちゃえばいいんだよ」こんなひと言が絶望の淵からすくい上げてくれる。日頃から、自分にそういい含めておくことがだいじだと思う。
就労しないのも就学しないのもあるいは法律違反かもしれない。だがそれで処罰されることはまずない。そんな前時代の亡霊に怯える必要はないのである。
いま求められているのは、べつに学校なんて行かなくてもいい、べつに仕事なんてしなくてもいいという気楽な態度だ。
その物腰が無用な消耗を回避させ、人びとを元気溌剌にする。私はそう確信している。

「教育とは、そもそも取り越し苦労からはじまる」とは司馬遼太郎の言葉。来年に迫った坊やの小学校入学を前に、日々取り越し苦労をしている。
昨日はいじめ自殺について、あれこれ調べてみた。
この問題について以前から不可解だったのは、親の観察と注意のありようである。どうして、子供の危機的状況に気づかなかったのかという疑問だ。
当然なかには、目に見える傷を負っているのに放置したという親もいる。荒れている家庭ではよくあるケースだ。
だが調べてみると、おおかたは、子供自身がいじめられていることをひた隠しにして、親もそれを察知できなかったというものらしい。
「それにしてもなぜ?」という疑問は依然として残るが、私にも思いあたる体験がある。
小学校四年生のころ、クラスの女子数名からいじめを受けたのである。
いじめられ始めたころ、「これは、親に知られるわけにはいかないな」と心底思った。それは、知られたらかっこう悪いというより、生んでくれた親に申し訳ないという心情がまさっていた。
また、我が母は激情型なので、その件で学校に乗り込みかねない。そんなことをされたら、いよいよ身の置き場がなくなる。そんな破局を回避するために悩みに悩んだ。
結局、この難局は暴力で解決された。いじめの首謀者をボコったのである。これで、1週間ほど続いた修羅場は終焉を迎えた(ちなみに、「首謀者」はクラス内ヒエラルキーですっかり地位を落とし、いじめの新たな標的となった)。
それはともかく、私の場合、いじめは仕掛けてくる連中との闘争というより、親との関係が重圧であったのだ。
万人にあてはまるとは思わないが、いじめ問題解決の糸口は、やはり親の向き合い方にあるのではないかと思う。
では、どう向き合えばいいのか。次回私案を述べたいと思う。(つづく)


先日の病気蔓延で、魚がだいぶ死滅してしまったので、子供たちを集めて、第二次放流。
メダカ100匹、フナ10匹、ヨシノボリ5匹、ヌマエビ50匹、ヒメタニシ50個。
ヒメタニシはすぐれもので、石にゆらゆらと繁茂していた苔をみるみるうちに食べて除去。ヒメタニシ、最高です。

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子育ての大問題のひとつにメディアとの向き合い方がある。過日、こんなやりとりがあった。
その友人の家にはテレビはなく、ネットも親がスマホを保有するにとどまる。当然、ゲームなんてもってのほか。
一方我が家は、家内は日がな一日テレビを見て過ごし、私も子供を前にしてタブレットを手にして語りかける。
そんな我が家のメディア環境に対し、友人はその害悪を唱えてやんわり批判してきた。
私にしたって、ゲームをはじめとしたメディアが害が生じうることは百も承知だ。岡田尊司氏の『脳内汚染』の衝撃は生涯忘れない。
だからといって、「メディアは怖い。だから、シャットアウトすべき」とはならない。
疑い深い人ほど詐欺に遭いやすいというが、これは本件についてもあてはまるのではないか。
つまり、メディアをシャットアウトする者ほど、メディアの餌食になるのである。
考えてみてほしい。「怖い」からと排除していれば、いいものと悪いものの峻別もできなくなる。そんなピュアな子羊がオオカミの格好の餌食になることは火を見るよりも明らかだ。
メディアーーというよりコンテンツといったほうが適切だがーーのなかには、子供の生育にとってよきもの、人生を豊かにするものもすくなくない。にもかかわらず、十把一からげにして扱うのは思考停止といっていい。
そんなことでは、先々カモにされるのみならず、現代版「読み書きそろばん」を教えられなかったとして、将来、子供から恨まれることになるはずだ。
だから、親こそメディアやコンテンツには精通すべきなのだ。エロやバイオレンスとまではいわないが、ひと通りふれた上で、子供に許容できる範囲を示すべきだろう。
私はゲームなら「ドラクエ」「信長の野望」「シムシティ」は推奨したい。マンガではこれこれ、テレビ番組ではこれこれという具合に推奨コンテンツはラインナップできる(ほかのを見たければ、親の目を盗めばいい。それも人生技法の一つだ)。
すべて排除でもなく野放しでもない。このスタンスこそが、当人のメディアリテラシーを育むと確信している。
人の親として子のためを思うのなら、率先してメディアおよびコンテンツの現場を渉猟跋扈し、子が歩むべき道を切り開いておくべきであろう。
そこを歩むかどうかは子供次第だ。ただ、だいじなことは、親が果たすべきつとめを避けていては、子が一から始めなければならないという現実をことをわきまえておくことだ。こういう局面において、親の本気度が試されるのである。

「いい人ね」と言われる男より「ワルい人ね」と言われる男のがモテるのが現実。
良いことをしても成功できない。成功するには、実効性のある方策を実行するほかないのも現実。
世の母親はワルい男に惹かれても、息子にはワルい男になってもらいたくない。
世の母親は現実的な戦略家だが、息子には賢しらな戦略家になってもらいたくない。
息子にはいつまでも純な存在でいてもらいたいーーそんな御都合主義を克服できれば、たぐいまれなる賢母よと賞賛されるのであろうが、その域に達するのは並大抵なことではない。
ここで出番なのが父親である。
だが、その頃にはすでに、手回しのいい「良妻」が万事切り盛りして、息子の成育にタッチできなくなっている。
授乳以来、成育権を完全制圧されてしまい、無力化した父親は「妻の私物」に手を出せずにいるのが現実だ。
武家の男児が乳母に育てられたのは、多産が目的だけではないのかもしれない。授乳によって母親の権勢が強まり、家中が乱れることを怖れたことも大きな要因なのではないか。
幸いにして我が家は、家内がとぼけているので、息子の成育には、私が主体的に取り組めている。坊やは私を尊敬し慕い、男として日に日にたくましく育っている。
「良妻賢母」は昔の話。「悪妻賢母」あるいは「良妻愚母」というのが当世風なのかもしれない。

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