22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2015年10月

職業を尋ねられるとちょっと困る。昨日も、駒木野病院で尋ねられて口ごもった。
アルコール医療において、定職についているか否かは、診断の重要な資料になるから、その問いは無理もない。
人は収入源を聞くと安心するという。
そういう点でいえば、私の主たる収入源は著作権の運用、言いかえればコンテンツビジネスということになる。
自己啓発系やビジネス系のオーディオコンテンツの制作販売を行っていて、Apple Music、iTunes Store、FeBe、そしてTSUTAYAなどにコンテンツ提供している。
その他に、大学での講義料、原稿料、放送作家による報酬、家賃収入、親族企業の面倒見、認知症サプリの販売収入などがある。数えてみたら7つあった。
うちでコンテンツを扱わせていただいている山﨑拓巳さんの言葉をかりれば、「セブンポケッツ」ということになろうか。
だが、実質的にはフリーター。私好みにいえば「浪人」である。
寺子屋の師匠をやりながら、傘を貼り、楊枝を削る。そんな身の上だ。
長らく神楽坂にオフィスを構え、スタッフも最大15人ほど雇っていた。
ところが、5年前、ビジネスパートナーでもあった妻と離婚した。
私のビジネスは彼女の力に依るところが大きく、会社はあえなく崩壊。私は一人、なじみ深い八王子に都落ちした(余談になるが、大阪船場で商いにこけると、布施や尼崎に落ちのびたという。これを「布施落ち」「尼落ち」というそうだ。私の場合は八王子。いわば「八落ち」である)。
以来、ほそぼそと依頼される仕事をこなす浪人ぐらしが始まり、いまに至っている。
その間、一男一女をもうけた。上の男の子は4歳になった。しだいに父親を強く意識し始めてきている。
彼にとって、憧れたりうる親父でありたい。酒をやめたのも、それが大きな理由である。
あとは仕事だ。今のような浪人稼業で、「親父の背中」を見せることはできるのであろうか。
そんなことを考えつつ、ひとまず5時起き。せめて自堕落に陥らないことが、浪人としての矜持であろう。

写真:寝起きにコーヒーを淹れることにしてみた。この手間暇は心身を稼働させるに十分だ。だが、寒くなったらどうかな。手がかじかんで豆をひけるかどうか。

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写真は、仕事場からの展望。左の山は高尾山で、中央奥の茶色い建物が駒木野病院である。ここはアルコール医療で知られている。
昨日は、ここでアルコール害に関する公開講座があったので受講してみた。
足を踏み入れると、随所に患者がいる。
その姿はまさしく「アルコール落人」。酒で転落した者たちが再起を期して、治療に専念している。
ちなみにアルコール依存症患者は、厚労省調査によると、1000万人弱と推計され、そのなかで治療を受けているのはわずか5パーセントほどであるという。
落人のなかには、もはや再起は困難であろうという人も散見され、目を覆うばかりだ。
さすがに私はその域には達していないが、いつ何どきそうなるかはわからない。アルコール依存症は誰にでも忍びよる「病気」だからである。
今日勉強になったのは、アルコール依存症とその予備軍の境界線だ。
MRIの画像で両者の脳を比較すると、脳があきらかに変質していることがわかる。
そして、ひとたび変質すれば、アルコール依存症となり、もはや健常には戻れないという。茹卵を冷やしたところで生卵に戻らないようなものだ。
そうなると、社会で生きてゆく上では断酒の他に道はない。
ひるがえって言えば、そこまで悪化していなければ、酒との共存は可能ということになる。
では、私はいったいどの段階なのであろうか。
ネットにあるアルコール依存症度チェックテストによれば、私はいかにもアルコール依存症患者という診断になる。
だが、今日の講座によれば、断酒初期、深刻な禁断症状に襲われるというが、私にはそれがまったくなかった。
それを考えると、アルコール依存症とまではいっていないようにも思える。
こういうとき、自己診断は禁物だ。再来週、診察を受けることにして、駒木野病院を後にした。
写真:仕事場から駒木野病院を遠望。八王子市内にはアルコール医療の病院が多いと知人の精神科医が言っていた。八王子はアルコール落人の里だったのである。
院内の資料は多種多様。一読するだけでも、けっこう抑止効果がありそうだ。

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人脈はたいせつだ。私も若い頃は、諸先輩たちに引き上げていただいた。だが、そういう場にはたいてい酒がともなう。
酒席のつきあいのよさでかわいがわれ、それが仕事につながったりする。
若い頃はこういう奇跡がよく起こり、酒席が大事、人脈が重要と短絡化してしまいがちだ。
もっとも、そんな本末顛倒に陥っていたのが、ほかならぬ私自身であった。
人と酒を飲む。このこと自体が目的化して、本来の目的を喪失してしまっていたのである。
犬も歩けば棒に当たるというが、ほっつき歩いていて幸運に出くわすなんてことは滅多にない。
まれにあったとしても、緻密に計算すれば、賭けるに値しないことは明白であろう。
だが、群れて酔っ払いたい者はそういう計算ができない。いや、しようとしない。
だから、「仕事には人脈が大事。人脈開拓のためには酒の席も必要」と屁理屈をこねる。
だが、いくら人脈があろうと、取るに足らない人脈では意味がない。
坂本竜馬にしても、勝海舟という大物が引き上げてくれたから、世に出ることができた。
勝にしても、竜馬に見込みがあったからこそ引き上げたわけであり、たまたま飲み屋で隣の席になったからと抜擢したわけではない。
神楽坂時代、私も酒席で得た人間関係がビジネスに生かされたケースもいくつかあった。
だからといって、飲み歩いての人脈を築けば築くほど、成功に近づけるという図式にならなかった。
そんなことより、自分の本分に精を出したほうが、結果的によっぽどいい人間関係にありつけるのだろう。
とくに、私のようないい歳のおっさんはなおさらだ。
出会いを求めてさまよえば、煙たがられたり、敬遠されたり、果ては、よからぬ輩にたかられたりするのがオチ。
人脈はリスク。広げようとした人間関係は、おのれの可能性の狭まるというかたちで帳尻を合わせられてしまうのである。

写真:本文とは無関係ながら、つげ義春の漫画のひとコマを。何となく関係してそうな気もしてきたなあ。

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友人から、「断酒日記のネタが払底しないか?」と心配されたが、その心配はない。
ともかく書き始めれば、何がしか書き上がるからだ。
「書き始めるから、アイディアがわいてくる」
野口悠紀雄さんは『「超」文章法』(それとも『発想法』だったかな)でこんなことを述べている。
始めれば、頭が回転し始める。
これは文章を書くことにかぎらない。断酒でも早起きでも同様。始めてしまえば、それを支えるシステムがしだいに構築されてくる。
ビジネスも例外ではない。事業プランを決める前に会社を設立しまうくらいの勢いが必要だ。つくってしまえば、事業企画や理念も浮かんでくる。
何においても始めてしまうのがいちばん手っ取り早い。
思い立ったが吉日。世にいう成功者は、天からの啓示を受けたとたん走り出しているようである。
この考え方の対極にあるのが「準備志向」。準備や勉強に地道をあげ、なかなか始められない人は少なくない。
たしかに準備は大事だ。イチロー選手も日々の準備の大切さを説いている。
だが、準備とは始めた後の日々の営みにおいてなされるべきことであり、「始める」ための準備は無用であろう。
そういう点で、セミナー、勉強会、指南など、学習システムの充実は、実践への踏み込みを弱めていると思われる。
案ずるより産むが易し。究極(野口悠紀雄さんはこの言葉が嫌い)の思考法とは、いきなり始めてしまうことなのである。
写真:野口悠紀雄『「超」文章法」、堀井憲一郎『いますぐ書け、の文章法』の2冊は役立つ。

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旅館「和可菜」といえば、神楽坂の聖地。映画の台本を書いたりするのに、作家や映画関係者がカンヅメになって仕事をする場として知られている。その外観は神楽坂を代表する風景で、よく雑誌の表紙を飾ってきた。
和可菜の女将さん(「おばさま」とお呼びしている)の和田敏子さんが93歳になられた。とてもうれしい。
おばさまからは何かにつけてよくしてもらった。ひところは下宿させてもらっていたこともある。
当時は、二階の石畳側の部屋に住んでいた。はす向かいの部屋では、ちょうど「釣りバカ日誌」の打ち合わせをやっていて、夜な夜なその様子が漏れ聞こえてきたりしてわくわくした。
もっとも下宿以前から、和可菜の座敷を借りてよく飲んでいた。
他の酒席で余った酒も「盛池さん、どうぞ」と私のほうにまわってきた。
また時には、留守番をしたり、力仕事には駆り出されたりして、住み込みの丁稚小僧のようでもあった。
とくに思い出深いのはお見合い。おばさまの肝いりで4度お見合いした。
旅館の一室でのお見合いは滑稽であった。
正装した二人とお見合いおばさんたちが掘りごたつに入るのである。
お見合いおばさんにリードのしてもらい、「ご趣味は?」など、伝統にのっとったやり取りを少々。
やがて、「では、このあたりで、若い人だけで」の言葉を合図に和可菜を出て、神楽坂の行きつけの店に連れ出した。
着席するなり、私は「今回、何回目?」と切り出す。堅苦しいお見合いの空気をやわらげるには、この問いが効果的だ。お相手も「24回目(笑)」と一気にうちとける。
おばさまには、2年ほど前に、妻子をともないご挨拶に上がって以来だ。その後娘もできた。花の季節に、一家でお訪ねしたい。

写真:『神楽坂ホン書き旅館』と『木暮実千代』。木暮実千代さんはおばさまの実姉。

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酒の代わりにお茶をよく飲むようになった。せっかくだから、お茶のことをいろいろ勉強してみようと思う。
手始めに知覧茶。
知覧は薩摩半島の小さな町。武家屋敷と戦中、特攻基地が置かれていたことで知られている。
過去に3度旅し、特攻記念館で、英霊の事績にふれては号泣した。
知覧を南下すると指宿。さざなみを耳にしながらの砂蒸しは最高だ。
指宿から山に入ると池田湖。ここには1メートルもの大ウナギが棲息している。実物は、湖畔の土産物屋で見ることができる。これが怪獣イッシーの正体なのだろう。
ウナギといえば本場は鰻池。古くは、佐賀の乱で落ちのびた江藤新平が西郷隆盛を訪ねてきた温泉地であり、近年では、映画「男はつらいよ」で、登場人物の失踪先として登場した。
20余年前のプータロー時代、ロケが行われた宿に泊まった。
映画の主人公がやっていたように、宿で竿を借りて、鰻池に釣り糸を垂らしてみた。蝉の声がかまびすしい、夏の夕暮れ時のことである。
翌朝、宿の前の水路にスッポンらしき影を目撃した。宿のおばさんに伝えると、おじさんとともに飛び出していった。
薩摩半島でいちばん好きなのは坊津である。
遣唐使船最後の寄港地で、かつて日本三津とよばれた湊も今は昔。密貿易屋敷や石畳が名残をとどめるだけだ。
枕崎はカツオ漁で知られる。
夜半、港近くの飲み屋に入って、カツオ料理と芋焼酎を堪能した。酔っ払って、港をふらふら歩いた。
お茶から始まった話が結局酒の話に行きついてしまった。早く一人前の男になって、うまい酒を飲んでみたいものだ。

写真:知覧茶 100グラム1000円。あずき羊羹と栗羊羹。こんなの、食べるようになるとはゆめにも思わなかった。

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旅先、タフな仕事を終えたときと並んで、いやそれ以上に、夫婦喧嘩は私の飲酒3大動機の一つである。
夫婦喧嘩は子供にとっては迷惑という以上に恐怖である。無力な子供にとって、両親の不和は人生に対する絶望をもたらす。夫婦喧嘩こそ、子供に対する最大の裏切りといってよいだろう。
我々夫婦は九州男と広島女。そのせいかどうかわからないが、ともに気性が荒い。だから、長男誕生以来、喧嘩防止のための厳戒態勢を敷いてきた。
たとえば、我々はお互いに敬語をつかうことにしている。敬語は感情のたかぶりを緩和してくれるからだ。
また、私は飲むと、絡んでしまうところがある。説教したり、嫌みを言ったりと、まことにいやらしい。断酒は、この悪癖の改善に大きく寄与した。
さて、私は「男」を司馬遼太郎を師匠とし、「夫」については村上春樹を師匠として崇めている。
以下は、村上春樹による人生相談の回答である。
男果汁100パーセント(たろうとしてきた)の私にとって、たいへんな荒行であるが、村上春樹箴言に日々目を通すことで、おのれを戒めることにしている。
世の夫諸氏の参考にしていただければと思い、以下に転載する。
出典とご参考:
『村上さんのところ』(新潮社)。
http://kotoripiyopiyo.com/2015/05/hatuki20150511.html

★(いつも奥さんに怒られてません? と聞かれて)べつに怒られているわけじゃないんです。何か見解の相違みたいなものがあり、軽い衝突状態が生じたとき、僕はどちらかといえば波風を避ける人生を選ぶし、彼女は波風を避けない人生を選ぶという傾向が、あらためて浮き彫りになるというだけのことなのです。そんな風にして44年間を過ごしてきました。柳に枝折れなし、というのが僕の生き方です。いつも庭の柳の木を見て、粛々と学んでおります。

(夫婦喧嘩で仲直りするコツは? と聞かれて。2通分)あなたが平謝りに謝るしかないじゃないですか。コツもへったくれもありません。もう大人なんだから、そんなわかりきったことをいちいち質問しないでください。ただひたすら頭を下げて謝りましょう。それがいちばんです。情けない? 何を甘いこと言ってるんですか。謝っているところをテレビ中継されないだけ、ありがたいと思わなくちゃ。----------あのですね、こちらに向かって驀進(ばくしん)してくる機関車に向かって怒鳴ったりはしませんよね。それとだいたい同じことだと思われたらいかがでしょう? 無駄なエネルギーは使わないようにして、身の危険は素早く避ける、これしかありません。人生の知恵です。がんばって平謝りしてください。

(どんなプレゼンをしたら妻をJazz好きにできるか? と聞かれて)これはあくまで僕の個人的な意見ですが、あなたには夫婦生活の厳しさというものがまだよくわかっていないみたいですね。そんなプレゼンテーションが、妻に都合良くすらりと受け入れてもらえるわけがないじゃないですか。人生というのはおおむね孤独なものです。孤独にジャズを聴いてください。ジャズとはそういうものです。身にしみますよ。

(奥さんの機嫌悪い時は? と聞かれて)奥さんの機嫌が悪くなると、あれこれ八つ当たりされて、なんでおれがこんなひどい目にあわなくちゃならないんだよ、と疑問に思ってしまう。よくわかります。それは世界中の夫の92パーセントくらいが、同時進行的にひしひしと経験していることです。
そうですね、「これはただの気象現象なのだ」と思われてはいかがでしょう。これは竜巻なんだ、これは突風なんだ、これはフェーン現象なんだ。そう思うと気持ちが(比較的)ラクになります。誰も天気に文句は言えませんからね。相手が奥さんだと思うから、首をひねりたくなるし、ときとして頭に来ることもあります。でも自然現象だと思えば、あきらめもつきます。がんばってくださいね。艱難辛苦があなたをタマにします。タマになって「にゃあにゃあ」ととぼけていてください。

(結婚生活を長く続けるコツは? と聞かれて)ひとことでいえば妥協です。たとえ相手が妥協しなくても、こちらが妥協する。それが大事です。そうすればだいたいうまく行きます。でもそれでうまく行ったとしても、いつ何が起こって、すべてがひっくりかえるか、そんなことは誰にもわかりません。人生、一寸先は闇です。しかし、とにかくそれでも、闇がくるまでは辛抱強く妥協を続ける。それしかありません。

写真:村上春樹を読み始めたのはつい5年前、ジョギングを始めたころのこと。
早起き、運動、日課。彼の自律法はとても参考になる。
以前は、軟派作家くらいに思っていた。大いに反省。(^^;;

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飲み会があれば、9割がた主催してきた。酒に誘うのが私の交友スタイルなのだ。
昨日、高尾山での修行が終えたのが午後3時過ぎ。
今までの私なら、解散後、知りあった人たちに片っぱしに声をかけて飲みに誘っていたはずだ。
私の仕事場を会場にして、高尾山を眺めながら酌み交わしたことだろう。
だが、私は解散の20分後には仕事場に到着していた。淡々と汚れ物を洗濯し、連絡業務などを片づけた。
修験などに興味を持つ人たちには愉快な人が多く、もっと仲良くなりたかった。
だが、切り上げてよかったと思う。縁があれば再会することだろう。
「君子の交わりは淡きものである」と司馬遼太郎は、黒田官兵衛にそう言わしめている。
せっかちな私はすぐに仲良くなろうとする。だが、いい歳の中年おやじにとって、それは紳士のふるまいとはいえまい。
如水の境地を垣間見ることができたのも断酒効果。盛んに飲んでいるころだったら、今ごろ二日酔いでうめいていたことだろう。

写真:一夜明け、今日は坊やとスタンプラリー。稲城長沼から青梅、高麗川まで全30駅。3日目でようやくコンプリート。そのうち高尾山のスタンプハイクに行きたいものだ。

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「まんがにっぽん昔ばなし」が好きで、寝床でよくみる。なかでもとくに山伏ものが好きだ。
やはり修験の聖地も好きで、これまで熊野、国東、出羽、戸隠、鞍馬などを好んで旅してきた。
いま高尾に落ち着いているのも、そんな指向性によるのだろう。
1泊2日の高尾山の山伏修行に参加した。
これまで何十回も歩きまわってきた山であるが、向き合い方一つでずいぶんと新鮮に映る。
ただし、滝行はさんざんであった。
抱き抱えられるようにして、滝から出てきたときは茫然自失。だらしない男だと我ながら呆れた。
さて宿坊。修行なので酒は飲めない。だが、断酒の甲斐あって、つらさはなかった。9時の消灯前に、水を一杯飲んでそれでおしまい。
宿坊から10分も歩けば、山上のビアガーデンがまだ営業中である。
以前なら、抜け出して飲みに行こうかとウズウズしたに相違ない。

写真:今朝の高尾山薬王院は雨。これから山中を跋渉し、護摩を炊くということだ。

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体重減がとまらない。あれほど難渋していたのに、みるみる減ってゆき、ついに高校時代の目方になった。
概算すると、晩酌で毎日1000キロカロリーを摂取していたのを断ったのだから無理もない。
ズボンはぶかぶか。ベルトの穴の位置もそろそろ直さねばならない。
減ったのはカロリーだけではない。時間やカネの節減もいちじるしい。
まず出費。外飲みは最近しないので、日々1000円プラス1万円くらいだろうか。月あたり約4万円の削減。年間50万円也。
つぎに時間。1日あたり約2時間として、月あたり60時間の削減。仕事時間に換算すると、じつにまる10日間も飲んでいたことになる。
こうして現実を目の当たりにできるのも、ひとえに贅肉を削ぎ落としたからである。心身にこびりついていたときには認識できなかった。
これは、痩せて軽やかに動きまわれるようになって、はじめて贅肉を実感できる。
かくも贅肉というものは、ついているときは同化してしまい、よくわからないものだ。
今日から高尾山で1泊2日の山伏修行。高尾の山々は、10年くらい前、毎日のように跋渉していた。
あの頃より20キロ近く痩せた今、山野の感じ方も変わっていることだろう。
神主である畏友・高橋御山人から、以下の激励メッセージをもらった。

六根清浄、六根清浄
六根清浄とは、人間の認識の根幹である五感プラス意識を、執着を断ち、清らかな状態にすることだそうですが、そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つことが行なわれた、ということです。
先日来度々話に上る、設定した人生上の目的実現に集中し、余分な事をせず、興味も持たない、という話と、よく似てますね。
まあ、山岳修行というのも、悟りを開く、神通力を得る、衆生を救う、などの明確な目的に向かって、戦略的に行うものですからなあ。

六根清浄。おのれの贅肉を発見してきたいと思う。

写真:仕事場から高尾山は指呼の間。昼前に滝行。寒そうだなあ…(^^;;

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自己肥大、自己陶酔。自己顕示欲と自己愛の強さは、親由来の悪しき体質である。
この気質で、子供たちを汚染したくない。私の半生は、その汚染との格闘であったからだ。
酒はまさに汚染の象徴である。断酒は酒もろともこの循環を断ち切ってやろうという決意の行動でもあった。
私がやらねば、子孫に祟る。「血」の浄化は、ご先祖様としての責務であろう。
だが、ふと思う。こういう文章を書いていること自体、おのれに陶酔しているということではないか。
断酒初期は余裕がなかったが、30日を迎え、この断酒日記にも余裕が出てきた。それが慢心を生みかねない。
そのようなことになったら、私が忌み嫌ってきた自己肥大、自己陶酔そのものではないか。
酒に酔わなくても、おのれに酔ってしまっては元も子もない。断酒一ヶ月、勝って兜の緒を締めよである。

写真:我が家の池。タナゴは深みにもぐりがち。すっかり秋の風情。

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以前、断ゲー女史について書いた。四六時中、ゲームが気になって仕事にならないという経営者である。
マイクロビジネスにかぎらず、事業においては、ビジネスモデルや事業戦略などよりも、経営者の生活習慣や個人的戦略のほうが肝腎要である。
彼女に必要なのは、断ゲーであった。
先日面会したとき、スマホのゲームを削除を依頼された。「とても、自分では削除できない」という。
長時間手塩にかけて、ポイントだか何だかを貯めこんだらしい。
さあらば、ということで白刃一閃。一刀両断にした。
これ以来、ゲームからは足を洗ったというから、いい仕事ができたとうれしく思う。
さて、女史と今度は早起きをすることにした。朝チャットで始動した旨を通知しあうのだ。
今日で5日目になろうか。だが、正午の昼寝までもたず、つい朝寝してしまう日々が続いている。
酒とともに耽溺してきた夜更かしも、この機会に成敗いたそう。
写真:坊やのおたふく風邪シフト継続中書庫のソファでごろ寝。地震が来たら圧死確実。

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おたふく風邪はどこへやら。元気発剌の坊やを仕事場に押し込めておくのもかわいそうだと、高尾駅で撮り鉄。
そのうちスタンプラリーをやっていることがわかり、そのまま参戦。まずは多摩モノレールに。
路線図を凝視しながら行程を練る。持ち前の「踏破癖」に火がついた。
21年前の9月、私はJR全線の完全乗車を達成した。13年越しの取り組みであった。
当時から、車窓を眺めながら飲む「飲み鉄」だったから、旅の思い出は酒とともによみがえる。断酒でいちばんつらいのは旅においてである。
「夢とは、おのれ一代のもの。志とは、受け継がれてゆくもの」という主旨の発言を恩師・田坂広志先生がなさっていた。
私の半生は、夢見る酔っ払いであった。だがここにきて、志とよべるものに目覚め、断酒した。
人生も折り返し地点を過ぎた。残された時間で、それを成就できるかどうかはわからない。
だが、それを受け継いでくれる者が現れてくれればそれでよい。
養子、弟子。それが実子であれば、幸せな生涯であったと満足して死にゆくことができる。
線路はつづくよ どこまでも
野をこえ 山こえ 谷こえて
はるかな町まで ぼくたちの
楽しい旅の夢 つないでる
親子二代の鉄ちゃん。
線路でつながれてゆく夢、それが志となるのかもしれない。
写真:大人用マスクで完全防備。それにしても、今回のスタンプラリーは難易度が高い。コンプリート率はけっこう低いのではないかな。

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「断酒を邪魔する次なる敵は何でしょうか?」という問いを受けたのが3日前。
「過度にストレスがかかったとき。想像したくないけど、たとえば、身内の病気とかかなあ」と答えた。
好事魔多し。心配が現実になった。坊やがおたふく風邪に罹ったのである。
周知のとおり、おたふく風邪は感染し、大人が罹患すると重症化する。その際、精巣がやられて、子種がなくなることもあるそうだ。
ちなみに私はおたふく風邪はやっていない。もはや子種がなくなっても悔いはないが、重症化となれば周囲に迷惑をかける。それは避けたい。
さて、我が家には、2ヶ月の嬰児がいる。また、隣に住む妹の1歳児も日中我が家に来ている。
こういう状況を踏まえ、坊やを仕事場に隔離することになった。おたふく風邪経験者の親父と私で坊やの面倒をみるのである。
一夜明けて様子をみると、すこぶる元気だ。もともと頑健なので、あるいはこのあたりで食い止めてしまうのかもしれない。
ともあれ、ひょんなことから親父と日常をともにすることになった。
じつは、親父とは、先日酒席で喧嘩して以来、疎遠になっていた。
「両親の宥和をはかるために、子供はみずから病気になる」と神田昌典さんが書いていたことを思い出す。
坊やのおたふく風邪も、あるいは、父子間の宥和を期してのことかもしれない。
坊やの快癒のためにも、親父と和解せねばなるまいが、こういうときに飲めないと、取っかかりが得られぬものだ。
写真:横川鉄道文化村に行ったのは2週間前。おたふく風邪ウィルスの潜伏期間は約2週間であるというから、ここで罹患したのかもしれない。トロッコ列車は子供でいっぱいだったからなあ。

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好んでストイックにしているわけではない。
四十代もなかばを過ぎ、若さというエネルギーは枯渇した。もはや外部からの刺激で発奮できるような歳ではない。
酒を断ったのも、今後生きてゆくために講じたやむなき措置であり、できればそんなことをやりたくはなかった。
歳とともに制御できる部分と困難になってくる部分が二極化してくる。
この現実を克服するためには、不要なことをやめながら、必要なことに対して集中力を高めるほかない。
たとえば、情報。新聞に書かれていることの99%、あるいはそれ以上、私の人生には関係ない。
読んで役に立ったという経験もないから、日常的に私は新聞を読まない。
ほかにも、たとえばアートなどにも関心は持たぬようにしている。
今までわからなかったのだから、今後もわかることもなかろう。いかに有名な画家の展覧会があろうと、足を運ぶことはない。
日々、余事にかまけぬよう警戒してゆかねば、毎日が散漫なものになってしまう。
人生は短い。
無為に情報を摂取し、無為に人間関係を維持し、無用な分野に無理して興味を持とうとするうちに、あっという間に人生は終えてしまう。
むろん、若者は別だ。30歳くらいまではいろいろ体験するといいと思う。
だが、中年以降の者たちはおのれの人生の主題を明確にし、不要なものを捨て去る。これが戦略というものであろう。
戦略とはそもそも「戦」を「略く(はぶく)」という意味である。
ここでいう「戦」とは、消費社会における売り手側からのあの手この手と見立てればわかりやすい。
我々に関心を持たせて、物やサービスを買わせようという「敵」たち。
彼らとの「戦」をいかに「略く」かは、我々の日々の心構えにかかっている。
人生の主題に沿わぬ物事には無用な関心は持たぬこと。これに尽きるのではないか。

写真:チューハイのノンアル商品。うーん、まだまだ発展途上。戦力にはならないなあ。

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酒、人物、思想、イデオロギー。何事にも酔っ払いやすい人物というのはいるらしい。
司馬遼太郎はそういう気質を「酩酊体質」と呼んだ。私などその典型である。
ひとことで言えば、はしゃぎやすい幼稚な人物ということになる。異常に入れ込むので、ロクな目にあわない。
室町時代の商人は、こうした精神的な傾斜をきらった。なぜなら、偏愛は商いの敵だからである。
好き嫌いは、お客や従業員そして商品、またその関係で目を曇らせることになりかねない。
彼らは仕事での平衡感覚を保持しようと懸命になり、その分、趣味の世界でそれを楽しんだ。
そう、「好き」を「数寄」に昇華させたのである。
酒との関係においても、「数寄」にできている人は飲まれない。どころか、酒を題材としたおのれの美を体系化できよう。せっかく愛好するのなら、そこまでやってみたいものだ。
酩酊体質者は酔うことがアイデンティティなのであるが、あえて酔わないことで新しいペルソナを見い出すことができるのかもしれない。
写真:荒井マスターと河川敷で茶の湯。その後、家で、家人特製バースデーケーキ。マスター焙煎のコーヒーとともに。最高です!

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「仕事上のつきあいがあるから、酒はやめられない」ーー長らく私もそんな言い訳をしていた。
だが、じっさい断酒してみると、なんら影響はなかった。
昨夜、酒場に繰り出した。吉田類の「酒場放浪記」でも紹介された八王子の「広小路」。ここで、誕生日祝いをしてもらったのである。
ホッピーの「外」を5本飲んだ。焼酎を入れなくとも十分うまいことがわかった。
ホッピーって、アルコールが0.5%入ってるんだってね。
でも、1%までは法律上は酒とはみなされないとのこと。ホッピー「外」はいわば脱法酒。
だが、5本も飲むと、缶ビール半分くらいのアルコールを摂取したことになる。
このところ飲んでなかったせいか、今夜は久しぶりの酔いを味わっている。いい気分だが、これ以上飲もうという気にはならない。
以前なら、飲みたい気持ちがよりいっそう加速していたはずだ。それを思うと、いくらか練達したのかもしれない。
酒席も、飲みまくっていたときより楽しかった。今までは、酒に気を取られてか、懇親という本義を忘れていたように思う。
また、無駄に酒席をもうけすぎていたと反省した。何かにつけて酒席につなげようというおのれの浅ましさを思い知った。
「酒飲みにとって、今この瞬間は、次に飲むまでの準備期間である」という箴言もある。
すべてが反転。酒飲みは何かにつけて本末顛倒になってしまうものらしい。

写真:ホッピー「外」。「中」を入れない飲み方を、居酒屋はもっと押し出してはどうだろうか。断酒家も下戸も居酒屋をより楽しめるようになると思いますヨ ( ^ ^ )/□←ホッピー外

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久しぶりに税理士に会った。何か言い淀んでいるのがわかる。私の激痩せについて言及していいのかどうかためらっているのであろう。
前回面会時より10キロ痩せた。1日1食、1日10キロのジョギング、おまけに断酒した。これだけやればそのくらい痩せるのは当然だ。
「病気とかじゃないですよ。ダイエットしたんです」
そう私から切り出すと、ようやく彼の顔がほころんだ。
川島なお美さんの激痩せと死はたいへんなショックであった。
私のすこし上の年代で、最近、健康を損ねる人が見られるようになってきた。そういう年齢に差し掛かってきたのである。
前回の健康診断では、全般的に良好であったが、初期の緑内障と脂肪肝を指摘された。
緑内障は点眼治療で視野欠損はストップさせることができている。脂肪肝もこのたびの断酒で治癒するのではないか。
とはいえ、もう2年半になろうとしているから、そろそろ人間ドックに入らねばと思っている。そういう歳なのだ。
歳といえば、今日で46歳になった。「長老」を目指して生きているので、つつがなき加齢はじつにめでたい。
まだまだ壮年、長老までは間がある。世のため人のためにおのれの命を燃焼させ、よき長老として、盃を傾けたいものだ。

写真:旧友ドクターたっせい。「ファッティリバーだよ、せいけ」とのこと。前回の健診にて。
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近江屋で襲撃された夜、坂本竜馬は「水に蜂蜜を垂らしたもの」を飲んでいたという。いっしょにいた中岡慎太郎はお茶であった。
維新前夜、ようやく大仕事が成就しようという時期である。いかにも盟友と杯を傾けていそうであるが、二人の革命家は酒を飲んでいない。
「革命は酒より男を酔わせる」と司馬遼太郎。革命家には、酒など無用なのかもしれない。
だが、革命といえば、京の花街を舞台に、志士たちが喧々囂々しているという印象も強い。
だが、じっさいに酒を飲んでは議論ばかりしていたのは、二流三流の志士であったようである。
選挙に出てみてわかった。きちんと政治家になってゆく候補者は飲まされるが、酔わぬ術を心得ている。
酔いにまかせて大言壮語しているのは、私のような泡沫候補か政治家を取り巻く有象無象である。
政治に身を捧げた者は大酔を発している場合ではない。酔ったふりをしているのだと、いまになってわかった。
だが、同じ政治家にしても、没落してくると酒に溺れる。晩年の田中角栄は、毎晩オールドパーを1本以上空けていたという。これも人生劇場。善し悪しを言うのは、おかど違いもいいところだ。
ともあれ、酒席では調和しながらも、酔っ払わない。政治家とは、そういう人物でなければつとまらない。
私のような酔っ払いを惨敗させた有権者は賢明であるとつくづく思う。断酒してみて、ようやくわかった。

写真:書庫の司馬遼太郎棚。
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坊やを寝かしつけてから、近くの温泉に行った。秋山温泉にはプールもある。
村上春樹は「1日1時間を運動にあてているので、1日23時間で生活している」と述べている。
私もそれにならって、ジョギングと水泳を1日交代でやっている。
泳いだあとは露天風呂。いまなら虫の音をBGMにしながら月を眺められる。
さて、風呂上がり。以前なら、ムンムンしながら、帰路スーパーに立ち寄り、酒と肴を購入していた。
その習慣を断ち切ったいまは瓶牛乳。
断酒前までは、風呂上がりの牛乳なんて気持ち悪いくらいに思っていた。
だが、ものは試し。一度飲んでみると、けっこううまい。それがきっかけで自宅でも牛乳を飲むようになった。
中年男は老朽船のようなもの。船体に付着した悪癖の貝殻をひとつひとつ丹念に取り除いていかねば、早晩使いものにならなくなる。
写真:秋山温泉で瓶牛乳。110円也。

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