22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2010年03月

■9(火)東京  22:00 サンライズ瀬戸

■10(水)

岡山  6:27
    6:52 こだま727号
博多  9:58
寺子屋取材


■11(木)

博多 

新大阪

米原

金沢  22:18 北陸

■12(金)

上野  6:19

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「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」――吉田松陰の辞世の歌を暗唱する幼稚園児たち。上杉鷹山、福沢諭吉の人物伝に、熱心に耳を傾ける企業人。山口秀範さんの主宰する「寺子屋モデル」は、偉人伝を語り継ぐことで、生き方のモデルを失った現代人に、人生のお手本を紹介しています。その山口さんの恩師が、小柳陽太郎先生。小柳先生の思い出を教え子の山口さんが語りました。

●極端に冴えない日本の子供たち

 大学卒業後の二十五年間、私は大手ゼネコンに勤務していました。そのうち後半の十五年間は、海外に駐在し、アフリカ、イギリス、アメリカに住み、東南アジア、そして中南米など、世界三十数カ国を駆け巡って、十五年前に東京の本社に戻ってきました。
 そのとき受けたカルチャーショックのうち最大のものは、「日本の子供の顔が悪い」でした。通勤の途中で見かける小中学生が、極端に冴えない。みんな揃ってつまらなそうな顔をしているんです。
「飽食の時代だからしょうがない」と言う人もいましたが、欧米先進国でも子供はもっと生き生きとしています。自信無げで、自分の存在を肯定できない日本の子供たちを目のあたりにして、これでは我が国の将来は危ういと直感しました。
 子供たちを再び輝かせるためには、やはり学校と家庭。でも、それはなかなか難しい。自分にできることは何だろうかと考えているうちに、「寺子屋」しかないなと思い至りました。
 この決断の伏線には、恩師・小柳陽太郎先生の存在があります。小柳先生には、福岡県立修猷館高校時代たいへんお世話になり、卒業後も、長くご指導を仰いできました。実は、帰国のご挨拶に小柳先生をお訪ねした折りに、突然「山口が言っていた学校はまだできないね」とおっしゃったのです。大学時代、福岡に帰省しては、先生のお宅にお邪魔して「本当の学問を教える学校をつくりたい」と口を滑らせたことがあったのです。それから二十五年も経つのに、そのときのことを先生は覚えておられたのです。この一言が後押しとなり、それから一年半後、勤めを辞し、「寺子屋」を作ろうと動き始めたのです。

●日本語の美しさを学んだ「小柳塾」

 小柳陽太郎先生の教えを受けたのは、高三のときです。毎週放課後、ご自宅で開かれる勉強会、通称「小柳塾」の存在を友人から聞いて、参加するようになったのです。
 そこでは、先生がガリ版刷りで作ってくださった資料で、吉田松陰、西郷隆盛、山鹿素行、聖徳太子といった先人たちの言葉や、古事記、万葉集などの古典を読みました。
 先生は、先人の言葉を自ら朗々と読みあげられ、「すごい言葉だね」、「美しい響きだね」、「書いたこの男は、すばらしいね」と賞賛されます。日本語の美しさ、命のこもった言葉が持つ力に、一同引き込まれて行きました。
 なかでも、吉田松陰が弟子・入江杉蔵の旅立ちに送った書簡は印象深いですね。
「杉蔵行け、月白く風清し、飄然馬に上りて、三百程、十数日、酒も飲むべし、詩も賦すべし。今日の事誠に急なり。然れども天下は大物なり、一朝奮激の能く動かす所に非ず、其れ唯だ積誠之れを動かし、然る後動くあるのみ」
 この言葉には、人生の節目で幾度も励まされています。ちなみに、後年、私がナイジェリアに赴任する際、先生は、この一節「酒も飲むべし、詩も賦すべし」を色紙に書いて餞別としてくださいました。
 それにしても、先生のお宅での勉強会はすごい熱気でした。塾が終わると、奥様が握り飯やそうめんを用意してくださいました。みんな食べ盛りですから、ご苦労も多かったことでしょう。帰り道では、明治維新の英雄になった気分で天下国家を論じたりしましたね。
 私が小柳先生に学んだことは、心は言葉に表れるということ。まごころがなければ美しい言葉は出てこないということです。世の中では正しいか、誤りかをよく論じますが、先生は心が生きているか否かで物事をご覧になる。「美しいと思えるものは間違いない」とよくおっしゃっていましたね。

●偉人伝は、生き方のお手本

 偉人というと、歴史上の人物と思われるかもしれませんが、現代にも偉人はいるのです。たとえば、宮本邦彦警部。ご承知の通り、今から三年前、自殺しようと東上線の線路に飛び込んだ女性を助けて殉職されたのが宮本警部です。まさに現代の偉人と呼ぶべき方です。
 私は生前の宮本警部に面識はありませんが、あのニュースに触れたとき、彼の人生を語り継ぎたいと思いました。奇縁にも、高校時代の親しい同級生で、小柳先生のお宅に一緒に通っていた一人が、当時の警視総監、伊藤哲朗君でした。彼の協力を得て、遺族の方々に取材することができました。
 宮本警部は、地域のお巡りさんとして、近隣住民に親しまれ、慕われていました。子供たちから「宮本さん」と名前で呼ばれるお巡りさんなんて、周囲にいますか?
「みんなが安心して暮らせるように」を口ぐせに、日々交番に立ち、子供たちの落とし物を一緒に探したり、自転車の修理までしてあげたり。「いつも僕の最善を尽くす」宮本さんは、いざというときに自分の職務に命を懸けた。非常の時の勇気は、まさに日頃の誠実さのたまものだったのです。
 宮本警部の行動に感動し、讃えた日本全国の人々。そして、これから宮本さんの生き方をお手本にする多くの子供たち。偉人は、同時代の人々によって作られるのです。
「自分さがし」という言葉をよく耳にする昨今ですが、何よりも大切なのは、「お手本となる生き方を見つける」ことだと思います。私は、小柳陽太郎先生の手ほどきによって、偉人たちの言葉と生き方に触れ、お手本となる生き方に目を開く機縁を頂きました。今度はこうして、子供たちに、美しい言葉と力強い生き方を伝え、日本の子供たちを輝かせたいと念願しているのです。

■聴き書きを終えて

 聴き書きを行った夜、福岡市東区の筥崎宮(〓はこざきぐう)で開催された「寺子屋」に参加しました。この日は、日露戦争の隠れた英雄・明石元二郎がテーマ。若い横畑雄基先生が、明石の偉業を熱弁し、私はこれまで知ることのなかった日本人の物語に心躍らせました。社務所の一室で、血湧き肉躍る偉人伝。缶ビールも振る舞われ、心地よい酔いが、全身を巡りました。


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■写真(キャプション)

小柳陽太郎先生

山口秀範さん

『伏してぞ止(〓や)まん ぼく、宮本警部です』

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