22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

2007年12月

■26(水)

夕刻、姫路に着き、姫路城まで往復。
その後、姫路名物のおでん屋で一献。

姫路 あかつき

■27(木)

鳥栖

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夜汽車で鳥栖に着くと、これが食べたくなります。かしわうどん。

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●夜明駅

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大分 

以前も行った大分料理の店へ。
以下は、コースの料理たち。

泳ぎあじ刺身
泳ぎさば琉球
ふぐ唐揚げ
豊後牛ステーキ
鳥天
だんご汁
焼きシイタケ
じゃこ飯
キッチョム浸け
やせうま

飲み屋でこんなメモを作っていました。

●立ち食いそば・うどん
音威子府
鳥栖
立川
松本
名古屋

●好きな店
雇われ店長・板前
×オーナーシェフ
大規模店
和をメインに多メニュー
郷土食濃厚
水槽
でかいカウンター 一人客
豊橋、長崎、人吉、大分、札幌、網走、釧路、根室
松本、稚内、高田、長岡、鳴門、枕崎、姫路、長万部、輪島

●温泉
不動湯
蟹場
青荷

地獄谷
馬瀬

●想い出のシーン
遠野大雨
春の大阪
宗谷本線冬の森
宗谷本線夏の先頭車
米山・直江津夏のドライブ
象潟夏のドライブ
函館・森ローカル線
根釧台地ドライブ
中標津への夜道
国東半島山懐の小寺、石像
吉備津平野
熊野古道、中辺路
尾道夜の坂道
鰻池の夕暮れ
浜小清水流氷
二ッ井月夜のドライブ
あさかぜ、下関から防府へ
釜山雨の寺
慶州サイクリング
燕温泉


■28(金)

国東半島

国東半島は、20代に行った時深い感動を覚えた場所。
その感動を再体験しようと再訪したが、若い頃の心の躍動は得られなかった。

●両子寺

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●富貴寺大堂

真木大堂は、平成20年まで回収とのこと。残念。

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●熊野磨崖仏

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豊後高田

昭和の町並み。こんなの食べました。名前、なんて言ったかな。

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宇佐八幡宮

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大分 富士



 大分駅近くのレンタカーに返却したのが四時すぎ。
最近は事前にガソリンを満タンにしなくてすむのが助かる。不案内の土地で、ガソリンスタンドを探しながらさまようほどつらいものはない。たいてい返却間際は切羽詰まっているので尚更である。
 二〇〇キロほど走って二千円超。そこらのガソリンスタンドならもう少し割安なのだろうが、それを探す手間と時間を考えれば安いものである。
 さて、大分駅。これから明日の十時まで乗る寝台列車の準備をしなければならない。今夜の夕ご飯、夜食、明日の朝食の三食とお酒、雑誌などを用意する。
 せっかくの夜汽車、お腹が空いてはみじめだし、お酒がなければつまならない。足りなくならないように、余らないように整えるのはけっこう難しい。
 今回買い求めたのが、ミネラルウォーター(一リットル)、缶ビール(五〇〇ミリ缶)、缶チューハイ(レモン味の三五〇ミリ缶)、缶入りウイスキー、「いいちこ」のミニボトル。
夜通しお酒を飲むので、水を忘れるとつらい。一リットルくらい買っておかなければ喉が渇く。缶ビールと缶チューハイは乗ってすぐに飲む分。これだけ飲むと眠くなって、いつも中津を過ぎるあたりで一寝入りしてしまう。下関に着く頃に起き出し、ここであらためて冷たいビールとチューハイを買うのがいい。
 夜食としておにぎりを買った。フグ天とツナマヨの二個である。たしかここは以前駅弁屋であったと思うのだが、おにぎり屋になっていた。あと、おつまみとして、大分名物の鳥天でも欲しいなあと思っていたがなかなか見つからず。うろうろしていると、土産物屋の店頭で売っているのを見つけた。小さい器に入っているのが三〇〇円。一人なのでこれで十分だろう。
 そうこうするうちに発車一〇分前を切っている。年を取ったせいか、最近こうしてギリギリになることが多くなった。最後に、あわてて週刊誌を三冊買って列車に乗り込んだ。
 私の乗るのはA個室寝台。特急券と寝台券で一万六千円也。本当はB寝台が良かったのだけど、買ったのがおととい。B寝台は完売、A寝台も最後の一室であった。
 日々これくらいの乗車率であれば、廃止になるなんて話も出ないであろうが、年の瀬のこの時期の突発的な現象なのである。
 私が小学校の頃、ブルートレインブームが巻き起こった。もう三十年も前になる。当時は、九州行きのブルトレに乗ることがたいへんな夢であった。私は一度も実現することがなかったものだから、ある程度お金も自由になると、とたんに「大人乗り」をするようになった。
 しかし、そのころにはブルトレブームはすでに過去のもの。毎年のように、廃止になる夜行寝台列車に乗り収めようと、あわてて出かけていくのがここ数年の風物詩である。今回の旅も、「なは・あかつき」が廃止になると聞いたからであり、三ヶ月後に控える廃止までに、「なは・あかつき」にもう一度乗りに来ることになるだろう。
 さて、「富士」である。これも一年後には廃止になるらしい。ネットのニュース記事を読むと、「担当課長レベル」では合意済みとのこと。国鉄の雰囲気をたたえる厳かな段取りに心引かれるものがあるが、こんなことがマスコミにリークされていてはもはや既定路線である。
 となると、私が九州方面に出かける時に使う足がすべてなくなってしまうことになる。飛行機や言うまでもなく、私は新幹線も嫌いなのである。バスや船は論外。鈍行列車は好きであるが、九州までとなるとさすがにつらい。せめて一往復でも、臨時列車でもいいから残らないものかと祈っている。
 さて、指定された部屋に入る。嗚呼、やはり逆向き……。A寝台は進行方向に向かって前向きになる部屋と逆向きになる部屋が交互にしつらえてある。私はこの向き運がとても悪い。おそらく二対八くらいで逆向きになるのである。
 切符を買う時に、あらかじめネットで「ほどちゃんの部屋」のようなサイトで下調べして、窓口で「四号車の偶数席で」とか指定すればいいのだが、これがけっこう恥ずかしい。いまだにマニアだと思われるのが恥ずかしい私は、とりあえず席を取って、車内で交渉して席を替えてもらったりする。
 これは下品な技なのでやめた方がいいのだが、いったん乗車して、逆向きだったら、車掌が来た時に、「二階だと腰が痛いから、一階の席に替えてください」、「前向きの席を窓口で言ったのだが、後ろ向きの席だ」と言い寄るのである。ふだんなら、これであっさり問題は解決する。
 ただし、これは空いているからできること。今回のように残りの一席ではどうにもならない。私はあきらめて、早々に身支度を始めた。
 まずは着替え。旅行時にいつも持参する薄ーいトレパンとTシャツ姿に。靴下も脱いでしまう。荷物を棚の上に上げ、テーブルの上に宴会用のずらりと品々を並べる。そして、室内照明をすべて落とし真っ暗に。
 室内照明を落とすところが大事だ。個室寝台の楽しみは、この真っ暗さにあると言ってもいい。煌々と電気が灯っていると外が見えない。室内を真っ暗にすると、夕闇迫る町並みや月に照らされる山の稜線がくっきり見える。ヒュンと過ぎゆく踏み切りも、遠くに見える家の中の灯りも、こちらが暗いからこそ拝めるというもの。
 また、室内が明るいと、小倉のような大きな駅に到着した時に、こちらが丸見えになってしまう。油断して半裸状態でビールを飲んでいる姿を、スーツ姿のOLが目にさらしてしまうのである。こういう思いもかけない事態を招かないためにも、室内は暗くするに限る。
 一六:四八、定刻に出発。大分駅の古色蒼然としたホームを悠然と走り去る「富士」、一昔前なら、見送り客がおおぜい見られたであろうが、満席状態の今日でも誰もいやしない。
その昔、東京駅を発する夜行列車に総理大臣などの要人が乗車する時は、「本日は誰それ閣下がご乗車」というようなアナウンスをするというエピソードを聞いたことがあるが、これはもはや過去の栄光。今時の要人は夜行寝台などには乗らないだろう。国外に目を移してみても、北の将軍様くらいじゃないかな。あと、牛島監督(今もそうかな?)はかなりの飛行機嫌いだとのこと。監督時代、北海道遠征がある時は、一人「北斗星」で前夜のうちに移動したというからすごいね!
私を含めて飛行機嫌いはたくさんいるが、みんな必要に迫られて乗っている。私もサラリーマン時代はそれなりに忙しかったので飛行機に乗っていたが、自分で仕事をするようになって暇になるとまったく乗らなくなった。
飛行機は膝の下がスースーして乗り心地が悪いし、なんだか怖い。落っこちるとは思っていないが、生理的に合わないのである。新幹線も嫌いなのは、ともに速すぎるからであろうと思われる。
それよりも、せっかくの移動の機会、寝台列車を使わない手はない。個室は、子供の時の「基地」の雰囲気がムンムンしている。何をやっていても誰もわからない秘密の世界がたまらない。飛行機や新幹線では半裸になれないし、外の景色を一人占めすることもできないだろう。
私はこうして勝手に寝台列車に乗っているのであるが、寝台に乗ることがさも異常であるかのような言い方をする向きもある。それは得てして「同業」から出るのである。同じ鉄道マニアでありながら、寝台は時代に合っていないとか、飛行機のがいいとか言うのである。
乗ろうと乗るまいとかまわないが、こちらは好きで乗っているのだから、放っておいていただきたい。こういう内ゲバをやっているから、鉄道マニアは怖がられ、蔑まれるのである。
別府、宇佐と停車。宇佐に至る道中、霧に煙る山を眺めた。私はへそ曲がりなので、晴れた日より、今日のようなぐずついた天気が好きだ。雨上がりの山はとても美しい。
宇佐を過ぎたあたりですでにビールとチューハイを飲みきった。鳥天の箱も空になった。ここらでひと寝入り。
起きると小倉駅。次の門司駅では、熊本からやって来る「はやぶさ」と連結する。「富士」六両、「はやぶさ」六両で計十二両の編成になる。門司から海底トンネルをもぐると下関駅。
下関では五分停車。このわずかな時間を使って、ホームにある立ち食いそば屋を目がけて乗客は殺到する。「ふぐ天うどん」が名物なのである。
しかし、過去数回連続して売り切れ。それも、目の前で売り切れるのを何度も目にした。停車位置がうどんスタンドから遠いこともあって、今日も目の前で売り切れた。この手の運は全般的に悪いので、今日もまたかとあきらめて、かけうどんを持ち帰り容器に入れてもらった。あと、小さめのビールとチューハイも買い足した。
下関駅は悲劇の駅だ。十年前には、刃物を持った男が乱入して二人を殺傷。二年前には、浮浪者が放火して駅舎が全焼。その直前、私は下関を訪れて、三角屋根の風格ある駅舎を眺め、昔この駅で出札を担当していた人にインタビューしていた。
今夜は忙しかったので、駅舎がどうなったのかを確認し忘れたが、食い損ねたふぐ天うどんのリベンジとともにまたやって来ることにしよう。


■29(土)

東京


■24(月)

新宿から東武鉄道直通列車で鬼怒川温泉駅。
そこから野岩鉄道などを乗り継いで湯野上温泉へ。

■25(火)

会津若松で、「とんかつ花月」でカツ丼。
その後、只見線で小出。
小出から新津。
新津から「快速くびき野」で高田。

●河原にある無料露天風呂。1998年5月に来たなあ。

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■会津宮下駅

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