そうか、俺は「子供部屋おじさん」だったのか。
いまこの瞬間も、実家の自室のソファに寝転がっている。
妹の部屋だった隣室には、息子が寝ている。妻と娘は3駅隔てた八王子の家で寝息を立てていることだろう。
3LDKのマンションはプリキュアに占拠され、足の踏み場もない。嫁とも、たまに会うくらいのほうが盛り上がる。
そんなわけで「子供部屋」で起居することが多くなった(坊やも、爺婆や親戚が多い、こっちの家がお気に入りのようである)。
生涯未婚の主要因として、パラサイトを誘導する親の存在があると本書は指摘する。
居心地のいい、親とのぬるま湯生活。惰性で続けていたら、いきなり親の介護。そして死別によって始まる、人生初の独身生活。そんな急転直下に直面するのがパラサイト アラフィフだ。
生涯未婚と引きこもりの問題は、こうした親子関係に起因するという論点はうなずける。
その点、私は異なる。親と折り合いが悪く、早々に家を出た。その後、子育てに好都合だからと、ぬけぬけと戻ってきて、実家を占領してしまったからだ。
私の家は嫁と娘に占拠され、私は親の家を占拠する。だが、そんな所有権ガン無視の図々しさこそ、これからの時代たいせつなのではないか。
これまで言われた「自立」なんてものは、しょせん「住宅ローンを組んで家を買う」程度のものだ。
「家を買って一人前」なんてのは、戦後社会の呪縛でしかない。このテンプレ思想からの脱却こそ、屈辱にまみれた「子供部屋おじさん」の荒ぶる魂を鎮めるとともに、つぎの世代に向けての洗練された人生モデルを提示すると私は確信する。
時代の犠牲者か、それとも先駆けか、「子供部屋おじさん」の真価が問われるのはこれからだ👺