藤野に絡めて揶揄してやろうと手に取ったが、逆にねじ伏せられてしまった。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』は最高の本だ(タイトルはしょぼいがw)。
論旨をひと言で述べれば「美にふれて、美意識に基づいた自己規範を持て」ということになる。これは私の『英雄問答(ゴマブックス刊)』のメッセージと通底する。
おのれの愚劣さを戒めるために、私は本書を書いた。また私の気質を受け継ぐであろう子々孫々に、自己客観視するための視座として活用して欲しいという祈りも込めた。
私は自分の醜さや愚かさにつくづく嫌気がさしているので、同じように醜態を晒し、愚行を犯す者に対しても強い嫌悪感を持ってしまう。近親憎悪というやつだ。
インスタ映え農業をせっせとSNSにアップするリア充自慢おやじ。お仕着せの「自然」の中で遊ぶ子供の群れに目を細める自己陶酔婦人。教条主義に陥り、髪を振り乱して暴走する視野狭窄BBA。
いずれも、虚栄心、怯懦と傲慢、自己肯定感渇望、視野狭窄、慇懃無礼な優越思想、自己顕示欲といった俗欲を露呈していて、そのお尻丸出しぶりには目を覆いたくなる。むろん、こうした藤野民の姿は私自身の姿でもある。他山の石とすべきだろう。
ではどうしたら、幼稚な自己愛表出を「美意識に基づいた自己規範」へと錬磨できるのだろうか。冒頭の書は、そのヒントを与えてくれるはずだ(拙著『英雄問答』もお薦めダヨw)。
追記 そう考えると「藤野」は、マイ真善美確立の好適地なのかもしれない。イタさあふれる反面教師には事欠かないし、玉石混淆アートにふれることもできるからだ。