「藤野病」という言葉を耳にしたのは、幼稚園のお迎えの場である。気持ちが滅入って、動くのがつらくなるというから一種の抑鬱みたいなものか。
じつは京都でも、似たような話を聞いた。私の家は洛北八瀬にあった。大原の隣、比叡山麓の静かな里だ。 八瀬は意識高い系に人気があり、八瀬小学校に入れたいがために、ここに引っ越してくる家族もいる。 私の家は今、大学教授ファミリーに貸しているが、やはり八瀬小学校がお目当てのようだ。
いろいろな点で、八瀬は藤野に似ている。自然に囲まれた環境、意識高い系好みの学校、都市に通勤しやすい利便性。いずれも共通している。
 さらにいえば、両者ともに日差しが少ない。ともに山峡の里なのだ。 冬場の日差しの少ない日本海側では、冬季に自殺が多いという。陽光が不十分だと人間の心は萎えるものらしい。
 「アルプスの少女ハイジ」のクララがかかっていたのが「くる病」で、これも日照不足が原因だという。近年、ビタミンD不足が原因とされているが、日陰の里・藤野の病と症状が似ているようにも思える。 もう一つ指摘したいのは気温である。じつは京都は言われているほど寒くはない。あれは、往時、発信力ダントツの都人がそう嘆き、そう書き残したことが地方に伝播したのだと思う。
京都よりもよっぽど深刻なのは藤野だ。もっと寒いところはいくらでもあるが、藤野の悲劇は、それに対して無自覚なところだ。
藤野も今や、神奈川県相模原市緑区。気温は緑区中心地の橋本や相原あたりが参照されることになるが、かの地と藤野では3、4度違うのではないか。 司馬遼太郎は日本の家屋は防寒に対してあまりにも無防備だと指摘した。私もこの地に暮らしていて、それを実感する。
かてて加えて、ストレスも大きいのではないか。 日々、意識の高い食事を用意し、意識の高い衣類を整え、意識の高い生活リズムを堅持する。意識高い系婦人の心労は並大抵なものではない。それこそが藤野病の最たる原因と思われる。
日照、低温、そしてストレス。「藤野」で、私たちの心身はつよくなるのか、それとも萎えてしまうのか。それはすべて、自覚次第だ。