藤野姫の御降臨によって、私の舌鋒はすっかりフニャってしまった。
もっとも舌鋒などというものは鋭いとロクなことにならない(ラジオで放言して訴訟沙汰になったこともあるw)。
このところブログアクセスが急増していて、いい気になっていた私にとっては、足元を見直すいいきっかけになった。
残るは以下の論点だ。これらを姫に奉っても恥ずかしくないレベルで論じられるか。いま私は、そんなプレッシャーと(ひとり勝手に)闘っているのである。
1インスタ映え農業。彼らはどう見られたいのか。「農業はクール」時代のプロパガンダ戦略と優越思想。
2 シュタイナー学校運営における平等主義と全会一致主義。結局、でかい声がまかり通るのではないか。
3 「芸術村」で創造性は育まれるのか。学者村、文士村との対比。司馬遼太郎の見た「つくば」。
4 卒業生の3分の1が「旅人・放浪者」。藤野シュタイナー学校の標榜する「自由への教育」とは何か。
5 親権喪失時代の父権。膨張する母権と藤野的ほっこりズム。母のユートピアと父と息子のディストピア。
6 ハイテンションの母親とローテンションの息子。楽園を謳歌する母親と去勢された少年。
7 藤野内セクト同士のせめぎ合い。農本主義的コミューンの歴史とオウム、連合赤軍。
8 絶望的藤野エピソード集。これは封印。さすがに書けないなw