すかしたおっさんを見るとカンチョーしたくなり、調子こいてる小娘を見るとスカートをめくりたくなる。そんな嫌なジジイであるが、立派な人を前にすると、子犬のようにいい子になる。
藤野にも立派な人はいる。藤野を論じる上では、その方をあえて思い浮かべぬようにしてきた。なぜなら、闘志が萎えるからである。
だがそうもいかなかった。思いがけず、藤野立派婦人との接点が生じた。あんまり藤野をdisっていると、姫が悲しまれるのではないか。そんなわけで逡巡が芽生えている。
ところが、まだまだネタが尽きないから困ったものだ。ネタ帳には10個以上の論点がメモされていて、書きかけのエントリーも3本ある。
一方、文字数を勘定してみたら9万字を超えていた。新書1冊ぶんはゆうにある。
こんな局地的かつ感情的な文章が商業出版されるとは思えないが、磨きをかければ、教育論として出色の出来映えになるものと自負している。
この藤野論をいかなるかたちで着地させるか、そろそろ真剣に考えたほうがよさそうだ。