シングルマザーの藤野婦人から相談を受けたことがある。
思春期の息子が急に反抗的になってきて、わけがわからない。どうしたらいいのかと言う。
私は「おろおろしなさい」とアドバイスした。
男というものは、女に対して「守ってあげたい」という心情を持ちたがる。むろん母親に対してもである。
だが、そのためには「かよわい」必要がある。
以前、男性器は弱きものに力を発揮するが、強きを挫く機能は持ち合わせていないと述べた。
これと同様に、男の優しさも、かよわき女にしか発揮されないようにできているのだ(フニャチン男の媚びは強き女に発揮されるがw)。
おろおろする母親を前にすると「安心してね、お母さん。僕が守ってあげるから」と肩に手を置く。
メソメソする女性を前にすると(君を守れるのは、俺しかいない)と心に期す。男とはそういうものだ。
その点、かの婦人もそうなのだが、藤野婦人は強すぎる。
いや、それは本当の「強さ」ではない。「強引」「勝ち気」といったほうが適切だろう。ゆえに「ツヨイ」とでもいっておこう。
少年の権利を蹂躙し、夫の制止も一撃で砕く。そんな「ツヨイ母親」はレジスタンスの対象にしかならない。
息子さんも長年、耐えてきたのではないか。それが思春期パワーを拠り所にして、ついに決起したのである。
「これは喜ぶべきこと。今こそ、おろおろしなさい。そうすれば、彼は一個の男として自立してゆくだろう」そう彼女を励ました。
しばらくして、婦人は藤野を出た。「女の論理」が支配的な藤野から離れることは、少年の自立に向けての大きな一歩となったのではないか。