「ずいぶん待たされたって怒ってたよ」と藤野婦人。知り合いの藤野民が、妹のいとなむ歯科医院で待たされたことに憤っているというのだ。
それは申し訳ない。「ごめんごめん。伝えておくよ」と私はお詫びしておいた。
ところが実情はまったく違っていた。当該の藤野民が大遅刻してきたので、ほかの患者さんを先に通したのだった。
この一件は、いかにも藤野的だ。自分のことは棚に上げて平気で怒る。さらには、当事者でもない者が、同じく当事者でもない私に因縁をつけているあたりがだ。
ほとんどの藤野民は穏健な常識人であるが、類は友を呼ぶ。藤野には、面倒くさい人の比率はかなり高い。
たとえばPTAでご一緒する高尾婦人には、この手の人がまったくいないから、じつに対象的だ。
今後、個人向け「信用格付け」が進展するなか、一人ひとりの品性が問われるようになる。クレーマーや面倒くさい人は、どんどん忌避され排除される世の中になるのだ。
「藤野」の民度がこのままであれば、早晩「申し訳ありません。藤野の方は特別料金になります」ということになりかねない。
藤野在住というだけでレーティングを下げられ、買い物も割増価格、サービスを受けるにも保証人が必要という事態になるかもしれないのだ(すでにヤクザはクルマも買えなくなった)。
パーマカルチャーをうたうのであれば、藤野を品位あるものにしてゆくことだ。藤野婦人よ、まずはお行儀をよくすることから始めよう。