園長「みなさん、ぜひ、ご意見ご要望などお聞かせください」「……」
園長「さあ、ご遠慮なく。皆さんのご意見が園をつくるのです。さあ」
「では」と私はおもむろに切り出した。園長の呼びかけに応えるべく、ひと肌脱いだのである。
だが、意に反する意見だったのだろう、園長は目をそらし眉間に皺を寄せた。みんな息を凝らしている。
幼稚な私は、すかさず反撃した。「なんでも言えというから言ったのに、その態度はなんですか」
園長はさらに眉間の皺を深め、顔ををくしゃくしゃにしてうつむいた。
先輩父母によれば、園長(シュタイナー教育を施す幼稚園の園長。すでに退任)のダブルバインドは毎度のこと。だから、園長の意に沿うように立ち振る舞うのが賢明ですよ、とのことだ。
よくも悪くも、男というものは真に受ける。女はその点、言葉の綾を汲み取ることに長けている。
母親たちは、園長の独裁体質と綺麗事癖をひと目で見抜き、それに即したそつない対応ができるのだが、私のような阿呆はダブルバインド・トラップにみごとにひっかかってしまう。
私は歯向かうからまだいいが、同じような目に遭い、膝を屈してしまった藤野紳士もいた。それが原因とは思えないが、彼の一家は、まもなく藤野を去っていった。
冒頭の光景こそ「藤野」の縮図だ。「自由」を標榜しながら、じっさいは凄まじい「空気読め」圧力が横溢するのが藤野なのだ。
メンタルを病む一大要因はダブルバインドであるといわれる。大人の言行不一致が少年の心を蝕む最たるものだ。
相手の言葉を真に受けることができる、そんな素直な少年であればあるほど罠に落ちる。それが繰り返されるうちに、やがて少年の目は輝きを失ってゆく(あるいは詐欺師的にギラついてゆく)。
いずれにしても「藤野」に夢を託した親の理想とするところではあるまい。
社会的座標軸の確立と偏在する不可解磁場の解消。この2点が藤野少年の魂を救済することになるのだが、むろん容易なことではない。