「でも結果的に、自由と創造性を掴むのかもしれませんよ」と藤野紳士。藤野論を踏まえての弁だ。
少年にとっての「藤野」は、息の詰まる、騒々しい、恥ずかしい、気苦労の多い、消耗著しい、なにかと面倒くさく、面白みのないコミュニティである。
だが、それがために、藤野を脱出したいという意欲が高まり、結果的に「自由」と「本物」を獲得するのではないか。彼はこう言うのである。
藤野的「アート」や藤野的言行不一致を反面教師にして、本物の創造や自分らしい生き方を発見する。
これはあり得る。なぜなら、私自身が歩んだ道のりでもあるからだ。
私は「藤野家庭」に育った。母親が全権を握り、父親はファッションで芸術を愛でるアーターであった。
私の半生は、両親の軛から逃れ、呪縛を解き、除染し、みずから座標軸を一から構築することに費やされた(まだ道半ばであるが)。
その点、先の藤野紳士の言うように、私は「藤野的環境」を逆手にとって、人生を切り開いてきたといえなくもない。
だが、万人が私のような元気者ではない。むしろ例外的存在といっていいだろう。
私は批判を浴びれば浴びるほど、孤立すればするほど、エネルギーがみなぎってくる変態だ。
いまの藤野に、そんな絶倫少年がどれだけいるだろうか。ほとんどいないのではないか。
座標軸がねじれ、磁場が入り乱れるコミュニティ。逃げ場のない、一様性価値観の支配する核家族。
母親の趣味と気分に振り回され、立ち向かおうものなら即座にねじ伏せられ、敗北感とおのれの無力さを痛感させられる日々(父親は不在か無力だ)。
いつしか目はうつろになり、力のない笑みを浮かべることで、その日その日をやり過ごす。こんな閉鎖環境に身を置いていれば無理もない。
「藤野」は女権社会の象徴ともいえる。こんにち、もはや社会的弱者は男だ。
男の解放なくしては、少子社会に歯止めをかけることはできないし、経済発展もなし得ない。世界平和も社会の成熟も、ひとえに「藤野少年」の肩にかかっている。
「藤野」に警鐘を鳴らすことは、22世紀に向けて果たすべき、当事者としての責務なのである。