「(あんたのところとは違って、藤野婦人は)みんなダンナラブだから云々」と面罵されたことがある。どんな文脈だったか忘れたが、こんなひとコマも藤野ならではといえよう。
たしかに藤野婦人は、総じて「ダンナラブ」だ。だが、実態を知る者からすれば、やりたい放題に文句ひとつ言わないダンナに、ラブという名の免罪符を一つ二つ発行しているだけとも思える。
うちは、私がやりたい放題なので、しばしば家内の反乱を招く。その点、藤野的ラブには欠けるが、オス・メス的お盛ん度は藤野夫婦の追随を許さないだろうw
尻に敷かれてもスマーイル、振り回されてもスマーイル。そんなナイスパパぶりは、とうてい私にはできぬ芸当だ。だが、藤野紳士はそれができる。彼らは「大人」なのだ。
諦めるべきは諦め、果たすべき役割は果たす。「藤野」にエリートサラリーマンが多いのもうなずける。
会社で耐えがたきを耐え、家庭で忍びがたきを忍ぶ。藤野紳士たちの滅私奉公ぶりには心底頭が下がる。
さて、かの暴言婦人の夫君。ダンナラブとは名ばかりで、じっさいにはかなり虐げられていることを私は知っている。
気の毒極まりない身の上なのだが、彼はたとえ血が逆流しようとも耐え忍ぶだろうな(あるいは失踪?)。
ひょっとしたら、父の哀れな姿を見た孝行息子あたりから反乱の火の手があがるのかもしれない。
ともかく、妻のいう「ラブラブ」なんぞ、夫の臥薪嘗胆の上に成り立っている「幻」でしかない。
夫婦の真実は「ダンナの野性」を見れば一目瞭然だ。夫婦の実相はラブラブではなくビンビンに表れるのである。