藤野の大和屋という店が好きだ。昨夜、子供たちを親と妹家族に預けて、家内と二人で出向いた。
ここには藤野の、それも最も意識の高い人たちが集う。このところ、藤野をdisっているので、取り囲まれて吊るし上げに遭うのではないかと危惧したが杞憂だった。
店内には、面識のないひと組の客。中年の男女4人から「移住」という言葉が漏れてきたから、知己を頼って見学にでも来たのだろうか。
こんにち藤野への移住者は250世帯400人にものぼるという。
250もの家族(なり個人)が「地上の楽園」に恋い焦がれ、乾坤一擲の大勝負を挑んだわけだ。
藤野在住でも可能な仕事を確保し、新たに土地を求め家を建てる。子供をシュタイナー学園に入れて、朝な夕なにクルマを駆って送り迎え。合間合間に用事をこなす。なんたる激務。
これは、国分寺あたりに家を建てて、同じく都心に通勤し、子供を近隣の私立に通わせることの1万倍も難易度が高いといえる。
藤野移住、それは起業、いやそれ以上の一大事業なのだ。かなりの経営能力が問われるのは言うまでもない。
移住したまではいいものの、これほどまでに苛烈とは思わなかった。泣く泣く撤退していく人も後を絶たない。わたしが知るかぎりでも6家族ある。
始めてしまった「ビジネス」の厳しさを前に呆然とし、危機感、焦燥感、そして自責の念。これらにさいなまれる藤野婦人も少なくなかろう。
だが、そこでピリピリしてはならない。その悪しき波動は、子供たちや夫の心身を蝕むことになる。最愛の息子の情操を地に落としてしまうだろう。
探し求めた「藤野的平穏」は神奈川県の片隅に行けば得られるのではない。それは、あなた自身の心の中に現出させるものだからだ。