1週間後に控えた人間ドックに、この1ヶ月鬱々としている。
再検査なんて言われたらどうしよう。緊急入院なんて言われたらどうしよう。
28年前にはガンノイローゼ、16年前にはエイズノイローゼを経験している。
父や末の妹も同様に杞憂がちであることを思えば、わたしの神経症は遺伝性の疾患といっていい。
ある医師は「そんな心配がストレスになり、本当に病気になるよ」と脅す。
友人の医師は「そういう心配性の人は健康に気をつけるから長生きだ」と激励する。
どちらもごもっとも。ありがとう。
ともあれ、当日まで、悶々とした気持ちで過ごすのであろう(毎年そうだ)。
ちょうど五木寛之さんの『健康という病』を読み終えた。
健康情報に振り回され、日々おのれの健康に神経質になっている健康病者の存在が指摘されている(まさに、わたしのことだw)。
人にはそれぞれの健康があり、身体の声を聴きながら、養生していくほかないとおっしゃる。
おおいに賛同するのだが、わたしはそんな悠長に構えていられない。この性格は変えられない。
それも含めての我が心身であるとあきらめて、せいぜいこれ以上失調を来さぬよう心がけるしかない。
いずれ息子か娘(あるいはその子孫たち)がこの気質を受け継ぐことになるのかもしれない。
彼らがよりスムーズな人生を歩むために、ご先祖様として、この薄氷体験から得た知見を残しておくことにしよう。