22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

以下は、論文「日本におけるシュタイナー教育の動向」(大野裕美/名古屋市立大学大学院)からの抜粋である。
こんにちのシュタイナー教育に対する私の疑義を代弁してくれている。
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育児雑誌 『クーヨン』の定期掲載により、育児層の関心を高め、「シュタイナー的子育て」 というコンセプ トが母親たちの心を捉えた。 そこには、難解な思想は割愛され、シュタイナー教育では子どもをどのように捉えるかが分かりやすく紹介されており、具体的な玩具や育児環境も含めて、興味を促す構成になっている。
シュタイナー教育では、モンテッソーリ教育のように教具というものは無いが、手仕事関係の道具や、本場ドイツから人智学の思想を取り入れ、つくられている木の玩具を中心とするものなどがある 。それらヨーロッパ系玩具を取り扱う店が、「シュタイナーのおもちゃ」として販売したことで、誰でも容易に入手出来るようになった。 このように、表層的なレベルで、思想とは切り離されたかたちで日常生活のなかに入り込んできた。しかし、これらは広がりを加速する一因とはなったが、同時に誤謬も生み出した。木の玩具であれば内容を問わずシュタイナー系と宣伝されたり、自然派志向の高まりにより無農薬 ・無添加であることや、ホメオパシーなどがシュタイナー系と言われたりする。もしくは、シュタイナー教育の一部分のみが抽出され、子ども部屋にはピンクの力一テンが必要であるとか、テレビは絶対見せてはいけないなど、曲解や強調により誤解を招く現象も多々見られる。

シュタイナー学園から、わずか300メートルほどのところに熊が出た。ともすれば、校庭を走りまわりかねない距離だ。
クマは母子らしく、その直前にも近隣の車道で目撃されている。
この時期の母グマは気が立つというから用心したい。
私はよくクマの夢を見る。必死に逃げ惑い、九死に一生を得るという展開がほとんどだ。
クマ恐怖は吉村昭の『羆嵐』に起因する。
体長3メートルもあるヒグマが、北海道の開拓村ひとつを壊滅させたという史実はまさに心胆寒からしめるものがある。
そんなクマ怖しの私であるが、秋田県のマタギの里・阿仁には毎年のように出向いている。イワナ釣りの師匠が移住され、そこを訪ねるのだ。
師匠の家にはクマよけスプレーが常備されていた。近隣に出没するというから必需品だ。今後、藤野にも必要になりそうだ。
いつなんどきクマが出没するかわからぬという緊張感ははかりしれない。
道草食おうものなら「あるひ、森のなか、クマさんに出ああた♪」なんてことになりかねない。
母親の運転するクルマで厳戒登下校。せっかく自然のなかに身を置きながら、むしろ都会以上に炭素文明の世話になってしまうというパラドックスは痛々しいばかりだ。
さらには、先の台風で崩落している箇所もあり、ところどころで大渋滞。「いったい何ゲーよ?」というくらいのエクストリーム通学を余儀なくされている。
でも、母グマ恐怖はたかが知れている。本当に怖いのは気が立った藤野婦人だ。
災害やクマ出没にストレスを募らせた母親のほうが、よっぽど危険だ。
道路が復旧し、クマが冬眠に入っても、藤野紳士の厳戒態勢は続く。

昨日のエントリーで、藤野やまなみ温泉は「モンモンお断り」と記した。
すると暇人東大卒社長から、至近の「東尾垂の湯(廃業)」はモンモンOKだったとの通報。
そこで、実状を確認するために藤野やまなみ温泉に来てみた。
驚いたことにモンモンお断りの表示はどこにもないではないか。あれは夢だったのか。いやそんなことはない。
かの暇人は頼んでもないのに、この件について、さらに調べてくれた。
すると、東京オリンピックに向けてのインバウンド政策で、政府がモンモン(というよりタトゥー)容認を各方面に通達していることがわかった。
そう、モンモン容認は藤野にかぎったことではなく、全国的な潮流だったのだ。
だがこれで一件落着とならない。一方においては、ハンシャ排除の流れは強まるばかりだからだ。
銀行と書類を交わすたびに「塾長は反社会的勢力ではありませんよね?」「なわけねーだろ! 俺は社会的勢力だってのw」
こんな茶番はともかく、ヤクザはクルマも買えない御時世だ。ハンシャ認定されては生活もままならない。
タトゥーはだいぶ一般的になってきた。タトゥー=ハンシャというわけでもないのだろうが、それでもモンモンの一種として色眼鏡で見られるのが現実だ。
ましてや、藤野婦人はなおさらだろう。その多くはモンモン全般に対して寛容性を発揮するとは思えない。
「藤野って、俺たちにも寛容だってよ。多様性っていいよな」なんてハンシャ民が大挙したら、藤野婦人は卒倒するだろう。
モンモン容認をめぐって、藤野が二分することになるかもしれない。
インバウンド政策とハンシャ排除。この2つの激流に翻弄されているのが「多様性あふれるアートのまち藤野」なのである。

藤野やまなみ温泉のモンモン率は高い。温泉側は世間並みに「ご遠慮ください」と警告しているが、事実上、野放しだ。
露天風呂につかっていると、ふつうにタトゥーを見かけるし、あるときは全身彫り物の御仁すら目撃した。
聞けば刺青、入墨、タトゥーはそれぞれ異なるというが、私のような門外漢にはわからない。
その違いを知るべく、じっくり眺めてみたいと思うが、そうもいかない。視界の隅に置くにとどめている。
それにしても、藤野にはモンモン人が多い。これはなぜなのだろうか。やはり「アート」と関係あるのだろうか。
まじまじと観察したことはないが、それぞれ意匠をこらしている。アートといえなくもない。
ラッパーが仲間との連帯を表すためにタトゥーを入れるときく。藤野的連帯のシンボルなのだろうか。
そういうわけで、藤野少年にとって、モンモンは日常的光景だ。彼らにとって、モンモンのハードルは低くならざるを得ない。
アートと「ハンシャ(=反社会勢力)」の象徴とされるモンモンとの折り合いは那辺に得られるのか。一家言ある方、ご教示くだされ👺

ドラクエウォークをやっているせいか、最近しばしば藤野婦人に遭遇する。
出くわした途端、婦人たちは顔を引きつらせる。悪名高き「藤野論」の著者だ。そうなるのも無理もない。
怖がらせるのは私の望むところではない。「よぉ! 元気ィ?」と、ことさら友好的に声をかけるようにしている(ただし私は、大人げないことでは世界的に有名な男だ。ひとりふたり、引きつる顔に一瞥食らわせてシカトしたこともあるw)
それにしても、ずいぶん変わったものだ。何がといえば、藤野婦人の物腰がだ。
「塾長は藤野の救世主です」とばかりに、リスペクトフェロモンをむんむんさせるようになった婦人もいれば、「敵にまわしたら大変」とばかりに媚び媚びになった婦人もいる。ブログひとつで、こうも関係性が一変するものかと驚かされるばかりだ。
先ごろ、怪力の大阪人が遊びにきていたので、被災地復旧ボランティアに出向くことにした。
友人の実家が地滑りで、なぎ倒されたので、その片づけに行こうというわけだ。
だが結局、やまなみ温泉、大和家、グダンコーヒーと藤野見物に終始し、夕暮れ時「御見舞」を渡してお茶を濁すことになった。
その晩、我が家での一献。当地での見聞を踏まえて、かの大阪人はこう切り出した。
「塾長、いま藤野に必要なのは『したいなあ教育』とちゃいますか」
私は早稲田大学教育学部で、子安美智子先生からシュタイナー教育の手ほどきを受けた。
今は亡き先生がシュタイナー教育を通じてもたらそうとしたのは、じつは「したいなあ教育」なのだったのではないか。
大阪人のひと言で、シュタイナー教育の本質を垣間見たような気がした。これについては、これから研究していきたい。

武蔵小杉と藤野は似ている。前からそう思っていた。
オサレなまちのタワマンライフとロハスなまちのほっこりライフ。
一見違うが、ともに意識高い系ファミリーによる戦略的居住という点で酷似している。
両者は今回の台風災害で明暗を分けた。
台風によって藤野は陸の孤島と化した。中央道、甲州街道、JR中央線が寸断。台風通過後、何日にもわたって、都内に出るのに何時間もかかるという有様である。
私は少年期から、何度もこんな経験をしているので、高尾駅前に拠点を設けるなどの対策を講じてきたが、新住民たちにとっては、田舎暮らしの厳しい洗礼を受けるかたちとなった。
ただ藤野民は、おたがい協力しあって難局を乗り越えようとした。
メーリングリスト「よろずや」では、交通情報や送迎支援、物資の提供から被災地復旧ボランティア情報まで、活発にやりとりがなされている。おたがい支えあおうという姿は麗しい。これは藤野のよさといえよう。
一方の武蔵小杉。こちらは、抜け駆けウンコの犯人探しが始まるなど、住民同士の疑心暗鬼が渦巻いているという。
ネットでは「ムサコざまあ」という声があふれ、これまでお高くとまっていたムサコ民は一転、揶揄の対象に陥ってしまった。
これでは居住地として復旧したとしても、ブランドはもちろん、コミュニティとしての復興も果たせそうもない。武蔵小杉こそ災害ディストピアの典型といえよう。
その点、藤野は災害ユートピアといえる。災害を通じて、人びとのつながりが生まれ、絆が強まった。藤野冥利に尽きるというものだ。
だが、手放しでは喜べないのではないか。私は警鐘を鳴らしたい。
今回のユートピア実現が「成功体験」になると、災害依存体質になってしまうからだ。
江戸に火事が多かったのも、町火消したちが、もてはやされすぎたからではないか。
表立って災害を期待する者はほとんどいない。だが「活躍の場」への期待感は潜在意識として「地域の気分」に刷り込まれる。
いまだ渦中の藤野民に物申すのは酷かもしれない。だが、ひとつ戒めておくべきことがある。それは、今から重心を下げておけということだ。酩酊してはならない。
淡々と災害対応にあたり、終えたら火照りを冷まし、一刻も早く日常に回帰すべきだ。
でなければ、これ機に災害待望気分が沈潜することになろう。そして、その想念は現実の災害を惹起しかねない。
武蔵小杉的「災害ディストピア」をまぬがれた藤野であるが「災害ユートピア」を誇示している場合ではないのである。

この1週間、私はドラクエに没入していた。妻子がいては集中できぬ。決然と家を出て、実家の座敷に陣取った。
布団と食料を運び込み、障子を締め切り、日がな一日、無言でゲームに興じる五十路息子。悋気にふれまいと息を殺す老父母の胸に何が去来しただろうか。
8月下旬から、活力の減退を自覚するようになった。
ナイスバディの嫁を前にしても劣情を催すこと乏しくなり、仕事に対する意欲もますます低下した。
暑気のせいもあるだろうが、それだけでないようだ。私は戦慄した。
こういうときはドラクエだ。急ぎプレステとソフトを買い求めて、今回の仕儀とあいなった。
そして昨夜、坊やが見守るなか、ラスボスを倒し、今日ようやく娑婆に出てきたのだ。
最も自殺が多いのは「49歳男」だという。まさに私の年齢だ。
死にたいなどとは微塵も思わないが、何事も成していない我が人生に焦燥感を覚える。
49歳で本能寺に散った信長は、すでに天下を手中におさめていた。上杉謙信にしても、義の男として、その名を天下に轟かせていた。
なのに、俺はなんだ。ただの暇人じゃねえか。
こんな自責自虐の念は、どうやら男性ホルモンの仕業らしい。テストステロンの分泌が減ると、いわゆる「男の更年期」を迎えるのだそうだ。
本書を読んで「俺はいよいよ更年期なのか」と衝撃を受けた。
注射一発で元気ハツラツになるとのことだが、まずは自力回春に期待ということで、ひさびさにジョギング。注射は絶対いやなのよw
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九段に住んでいたとき、千代田区の人口は4万人程度だった。あれから15年、今や5割増の6万人超だという。
東京都、いや都心3区への人口集中がこれからさらに加速するのだそうだ。
とは言っても、その主たる層は高齢者。25年後の2045年には、75歳以上が3割近くを占めるという。
「そんな年寄りばっかりじゃ困るねえ」瞬時そう思ったが、その「年寄り」とは私自身に他ならないことに気づいて愕然とした。2045年、我々の年代は後期高齢者に仲間入りするのだ。
サラリーマン社会には、役職定年なるものがあるという。55歳で昇進が止まり、その後はヒラ社員として定年まで勤務するというのが一般的のようだ。
先日参加した高校の同窓会でも、そんな話がちらほら出ていて驚いた。「えー、定年だってえ⁉︎
私の周囲には、サラリーマンが極端に少ない。定年なんて言葉が出ることは、これまで一度もなかった。
いまだに「仕事に恋に♪」と学生気分が抜けない私を尻目に、同級生諸君は老境に向けて、着実に意識を傾けていたのだ。
これまで「人口が減ろうと、年金が破綻しようと関係ねえよ」とうそぶいていたが、意外とこれは、我が人生戦略における死角だったかもしれない。
「定年」をひとつのマイルストーンとしてとらえることは、私のような自儘人にとって大事なことのように思えてきた👺
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そうか、俺は「子供部屋おじさん」だったのか。
いまこの瞬間も、実家の自室のソファに寝転がっている。
妹の部屋だった隣室には、息子が寝ている。妻と娘は3駅隔てた八王子の家で寝息を立てていることだろう。
3LDKのマンションはプリキュアに占拠され、足の踏み場もない。嫁とも、たまに会うくらいのほうが盛り上がる。
そんなわけで「子供部屋」で起居することが多くなった(坊やも、爺婆や親戚が多い、こっちの家がお気に入りのようである)。
生涯未婚の主要因として、パラサイトを誘導する親の存在があると本書は指摘する。
居心地のいい、親とのぬるま湯生活。惰性で続けていたら、いきなり親の介護。そして死別によって始まる、人生初の独身生活。そんな急転直下に直面するのがパラサイト アラフィフだ。
生涯未婚と引きこもりの問題は、こうした親子関係に起因するという論点はうなずける。
その点、私は異なる。親と折り合いが悪く、早々に家を出た。その後、子育てに好都合だからと、ぬけぬけと戻ってきて、実家を占領してしまったからだ。
私の家は嫁と娘に占拠され、私は親の家を占拠する。だが、そんな所有権ガン無視の図々しさこそ、これからの時代たいせつなのではないか。
これまで言われた「自立」なんてものは、しょせん「住宅ローンを組んで家を買う」程度のものだ。
「家を買って一人前」なんてのは、戦後社会の呪縛でしかない。このテンプレ思想からの脱却こそ、屈辱にまみれた「子供部屋おじさん」の荒ぶる魂を鎮めるとともに、つぎの世代に向けての洗練された人生モデルを提示すると私は確信する。
時代の犠牲者か、それとも先駆けか、「子供部屋おじさん」の真価が問われるのはこれからだ👺


そうか、俺は「一夫多妻」だったのか。
こんにち先進国で増加しているのが、結婚と離婚を繰り返す「事実上の一夫多妻」。我が国における生涯未婚率は男女で10%近く差があるが、その背景には、こうした「一夫多妻野郎」の暗躍があったのだ。
私の場合、妻を取っ替え引っ替えしたという自覚は皆無である。それどころか、自分ほど、幸せな結婚生活に縁遠い男もいないとすら悲観していたくらいだ。
先日参加した高校の同窓会で、「3回目の結婚生活、がんばってまーす♪」とカミングアウトした。すると、バツイチの友人が詰め寄ってきて「盛池は希望の星。勇気をもらったよ」と変な感謝をされて、頭をかいた。
一方、過去3回の結婚式に出席した友人からは「4回目は絶対行かない。ハリウッドにでも行ってろ」と突き放された。独身街道まっしぐらの彼からすれば、私は彼の「漁場」を荒らす「ならず者」でしかなかったのだ👺


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