ごあいさつ


「昭和の記憶」の活動は、今から23年前、私が高校生の時に遡ります。当時、祖母と同居していた私は、日本史の勉強をしながら、祖母を相手に昔語りを楽しんだものでした。
「犬養首相って、知ってる?」「そういう人もいたぁな」
「関東大震災、どうだった?」「怖かったぁよ。おっかなかったぁよ」
「この辺も空襲あった?」「瀬戸屋の上からB29が見えてきて、裏の畑に隠れたぁわ」
曖昧な記憶に、素朴な表現ですが、祖母との対話で、「記録」にすぎなかった過去の出来事がにわかに血の通った「記憶」として、私の前によみがえってくる興奮を覚えました。
以来私は好きな鉄道旅行のかたわら、この聴き書きを行うようになりました。
秋田県の担ぎ屋のおばちゃんの話は、方言がきつく難渋しました。
新潟県の爺さんの武勇伝には、少々呆れました(笑)。
愛知県のおばあちゃんの回想に、昔の日本人の精神性を再発見しました。
広島の原爆体験者の皆さんは、封印した記憶を恐る恐る解き放ってくれました。
鹿児島県の駄菓子屋のばあさんの話は、耳を疑う内容でした。
こうしたお年寄りたちの記憶語りは、バブルに突入した日本社会において、さらには、幼少期から、受験戦争に駆り立てられてきた私のすさんだ心を癒してくれました。
祖母をはじめ、彼らの存在無くしては、その後の私の人生はなかったとも言い切れます。
何故かといえば、私は持ち前の非常識で、世の中の「常識」に抗い、その都度、失敗してきたからです。打ちひしがれた私の耳にささやかれるのは、祖母をはじめとした歴史的な日本人からの言葉です。
「そんなムチャかんなことはするじゃねえわ」
「義理が切れるから、(嫁に)来ただぁわ」
「負けるが勝ちだあよ。堪忍してやれよ」
こうした先人たちの言葉、価値観、美徳は、座標軸を失ってさまよう現代日本人にこそ大きな価値をもたらすと確信しています。
「昭和の記憶」では、これまで採集してきた先人たちの珠玉の言葉を語り継いでいきたいと考えています。

 
     
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