22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

リクルートの大先輩たる藤原和博さんと並んで歩いていたとき、「ガタイいいねえ。お前、(リクルート)シーガルズ?」と言われたことがある。これには閉口した。
体格がいいとよく言われるが、じつは、わたしはかなり華奢なのである。
たしかに背は高い。181センチある。体重は72キロくらい。これもBMI的にはちょうどいい。
だが、腕も足も細く、肩幅も狭い。筋肉がつきにくい体格にもかかわらず、腹まわりには贅肉がつく。
そんなみじめな肉体であるが、顔つきが精悍で、押し出しが強いせいか、よくこんな勘違いをされる。
エレベーターに乗り合わせたおばあさんからは、きまって「うわぁ、身長はどのくらい?」と感嘆され、出入り業者からは「(体格いいですね)スポーツは何をやっていたんですか?」と話をふられる。
そのたびに、わたしは動揺する。それは、わたしの弱点に他ならないからだ。
スポーツといえば、わたしは体育会系どころか、部活すらろくにやったことがない。
あの集団教練だけはどうにもなじめない。教わる立場だと、わたしはラジオ体操すらろくにできない。なぜなのかわからないが、とにかく教わるのが苦手なのだ。
だが、身体を動かすことは好きだ。毎日のようにランニングしているし、機会があれば、野球やサッカーなどもやってみたい。
こういうタイプは、学校の「体育」のどこに居場所を見出せばいいのだろうか。
昨今、部活の見直しが喧伝されているが、その前にやるべきは体育の授業の見直しだろう。
軍事教練感に満ちあふれた、あの雰囲気。できない子が公開処刑され、(子供たちの前途をあやまらせる)スポーツ礼賛思想が叩き込まれる。あれで運動嫌いになった人は少なくないはずだ。
身体を動かすよろこびを知り、みずから運動を楽しめるようになるーーこれが「体育」の本質ではないのか。
藤原和博さんはその後、民間人初の公立中学校校長に就任した。
ユニークな授業導入で名を馳せた藤原校長、体育にはどんなメスを入れたのかな。

わたしが主宰するサロンは盛況だ。「サロン」とはメッセンジャーを用いたチャットグループで、メンバーは十数人。
「一般財団法人盛池育英会 臨時役員会」と称しているように、サロンのメンバーの多くは同団体の役員である。
わたしと博覧強記の高橋御山人評議員のセッションを軸に、気のおけない仲間たちが日夜会話を楽しんでいる。
1日あたりのチャット総数は300はくだらないだろう。
教育、先端技術、投資(ときにはオナニー)まで、あらゆるテーマでの情報提供や問題提起。日常のひとコマや旅行中の画像まで多岐にわたる。
専門家も多いので、転職相談に活用されたり、急病のSOSで威力を発揮したこともある。
ここでの交流が充実しているので、フェイスブックはさっぱり見なくなってしまった。
いくら知り合いで構成されているとはいえ、フェイスブックはいわば「外海」。ツイッターほどの「大海原」ではないにしても、余計なひと言で“難破”しかねない。
その点、サロンは安心だ。気心の知れた仲間同士なので、波風立つことはまずない。「外海」では危険な発言であっても、ここでは対話の起爆剤でしかない。
こうした安心感と信頼感は「外海」、ましてや「大海原」では、とうてい得られるものではない。そう、サロンは「湊」なのだ。
最近、坊やがサロンに出没するようになった。自分のiPadで、わたしのアカウントでいきなり画像をアップしたり就寝前の挨拶をしたりし始めた。
気のいい仲間たちは、これに当意即妙のリアクションするものだから、坊やにとっても楽しいものになってきた。
内容はわからなくても、大人の会話(文章語)に聞き耳を立てているうちに、門前の小僧習わぬ経を読む。坊やの言葉に磨きがかかってきたようでもある。
ふだんとは違う父を見ることができたことも大きい。
身辺には話が合う相手もおらず、家では憮然としているわたしが、嬉々としてしゃべり散らしている。この様は、坊やにある確信をもたらしたようだ。
「そうか、合う人とつきあっていればいいのか」彼の気づきを代弁すればこんな感じだろうか。
坊やは今春小学校に入学する。
学校社会には、「友達100人できるかな」という同調圧力が依然として蔓延しているが、無理して友達など作らないほうがいい。友達は「作る」のではなく「惹き合う」ものだからだ。
よき友を持つことは大事だ。だが、「100人」というよけいな煽りは、子供を惑わせ迷わせるだけだ。
たくさんの友達がいることが至上価値。その昔、わたしはそう勘違いして、SNSでむやみに友達を増やすような愚行を繰り返した。
無理して接触を試みれば、それは侮りや拒絶にもつながりかねない。いじめの温床には、友達100人主義があるのではないか。
みずから近づくのは、惚れた女だけでいい。友達とは、本来は、おのれの磁力に共鳴する者のはずだ。
愛想笑いを浮かべながら擦り寄る必要はない。おのれの磁力(=関心領域や専門性)を強め、おのれの磁場(=たとえば、わたしのサロン)を築いていくだけでいい。
我々はSNSにいかに向き合うかが問われている。使いようによっては、「外海」に彷徨う藻屑ともなるし、殷賑極める「湊」のあるじにもなるからだ。

戦前までは、いわゆる義務教育ではなく、子供を家庭で教育するホームスクールは合法とされていた。
司馬遼太郎の祖父は、日露戦争に勝利するまでチョンマゲを結っていたという傑物である。
彼は、娘はともかく、息子は学校に行かせることはまかりならぬと、みずから教育をほどこした。おのれの力量が満たない語学などについては、別に師匠を見つけてきたという。
息子を学校にやりたくないという気持ちはよくわかる。わたしも坊やの教育はみずから手掛けたい。
先日、ホームスクールを実践している家庭を訪ねた。
小学校1年生にあたる少年を父親が指導している。わたしがインタビューしていた2時間あまり、彼は機械仕掛けの模型を作っていた。
周囲には、さまざまな工作道具や材料がたくさんあり、ちょっとした研究所の風情だ。エジソンもホームスクーラーだったが、こんな子供だったのかもしれない。
少年はドローンに興味を持っていた。もともとヘリコプターが好きで、そこから派生したようだ。いずれドローンからロボットに展開して、それこそエジソンのような発明家になるかもしれない。
わたしが感心したのは、息子の興味や行動に寄り添う父親の姿だ。彼は元来、機械や科学的な知識や関心は必ずしも高くないという。しかし、息子の興味や意欲にあわせて、知識や技術を深めようと努力されている。
うちの坊やは、市町村合併の研究や全国一宮の御朱印集めが趣味で、これなら、わたしもよろこんで指導しつきあえるが、もし、ドローンに興味を持ってしまったら、たぶんつきあいきれない。
じっさい、最近将棋に入れ込んでいて、朝な夕なに勝負を挑まれるのに、いささか辟易としているくらいなのだから。
ホームスクールは日本では合法違法の狭間、いわばグレーゾーンである。学校行政的には不登校として扱われるようだ。
だが、欧米にかぎらず中国やロシアでも合法化されているように、日本でも早晩“解禁”となるだろう。
我が子に理想の教育を施したい。そんな親はホームスクールを選択するかもしれないが、そこで問われるのは、指導者たる親の柔軟性と忍耐力だ。
子供の関心や興味、ときには衝動につきあいながら、彼らの学びを手助けできるか。これは、いま、わたし自身が突きつけられた問いでもある。

坊やは率直に言って運動神経がよくない。これはわたし譲りだ。責任を感じているので、運動については全力で向き合ってきた。
最難関の水泳は克服した。いま取り組んでいるのは跳び箱と鉄棒だ。
最初は自転車をやっていたのだが、河川敷は大雪後の凍結で、当分練習できなくなってしまった。
それではということで、家の中に跳び箱と鉄棒、そして跳躍リズムを体得するためにトランポリンを設えた。跳び箱が6万円もしたので、しめて10万円の支出だ。
幼稚園から帰ってくると、これらを繰り返しやらせている。
わたしの指導法はシンプルだ。
「いいからやれ」
「100回やれ」
ひたすら反復練習させるだけだ。
わたしは運動オンチだからよくわかる。世の中のコーチは言葉で説明するから伝わらないのだ。
「脇を締めて」とか「両足で跳ね上げて」なんて言ったところで無意味だ。
そんな説明は、コーチ自身が理解するためには便利であろうが、年端もいかない子供、それも運動が苦手な子供に通じるはずがない。
運動音痴少年は、できない上に、わけのわからない言葉を浴びながらさらにパニクる。
挙げ句の果て、「なんで、できないんだ‥」なんてため息をつかれようものなら、運動嫌いに拍車がかかるだけだ。
これは勉強をはじめあらゆる技能習得においても同様だ。いくら説明を受けたところで、実践なくしてできるようになることはない。
クルマの運転法を10万時間説明されたところで運転できるようにはなるとは思えない。
世の指導者は、「言葉」で説明しすぎなのである。そんなことより、ひたすら反復練習させる技術に習熟すべきである。
おだてるもよし。おどすもよし。モノやカネで釣るもよし。「できれば、女の子にモテるよ」とそそのかすもよし。
何度も何度もトライしたい、あるいはトライしてしまう。そういう気持ちを維持向上させるコーチこそがよき指導者なのである。👺

働き方改革が叫ばれる背景にあるのは、クレーマーやモンスターたちの跳梁跋扈である。めんどくさい連中が、 地道に働いている人たちにいきなり襲いかかる御時世だ。
駅員に詰め寄る爺さん、医者に絡むオバハン、教師を脅すおっさん、役所の窓口で騒ぐ女。
そんな厄介者が一人出現するだけで、組織は機能停止に追い込まれ、当事者は深く傷つき、病むことになる。
医師には応召義務というものがあり、医療サービスの供与は原則拒めないとされている。だが、それもそろそろ限界に差し掛かっていると、先日の読売新聞にあった。
こうした流れを受けてか、クロネコヤマトは宅配サービスの見直しを、ファミレスやファーストフードは時短を、スーパーは正月に休業するようになった。
のちの歴史教科書は、こんにちの動きを「健康がカネの価値を凌駕した転換点だった」と記すかもしれない。
カネごときのために、心身を犠牲にはできない。これはもはや同時代人の共通認識と言っていいのではないか。
だが、そう頭では理解できていても、いざ行動に移すとなると、依然としてカネ時代の様式に囚われてしまう。そんな人も少なくなかろう。
カネ時代の呪縛と陥穽からいかに逃れるか。これは、防災訓練のごとく、日頃から反復訓練していなければ、いざというとき逃げ遅れて煙りに巻かれてしまう。
危険から積極的に逃げること。これは、人間性や職業意識とは別の話だ。危機管理という責務と言っていいかもしれない。
いま、子供を持つ親たちには、この現実を咀嚼し、行動レベルで鍛錬し直すことが求められている。
家族ーーというより食わせるためのカネのために、心身の危険をかえりみず踏みとどまったお父さんが英雄だったのは、もはや過去の話。
クレーマーやモンスターなどという化け物を回避し、出くわしたら一目散に逃れるしかない。そんな時代になった。
こんにちの父親の背中は、行く先を予見し、危機を巧みに回避してゆくことの大切さを語らなければならない。
そんな逃亡父さんが、家族の平和と繁栄をもたらすのである。

泳げるようになった坊やであるが、通っているスイミングスクールでは「無級」という段階で、毎回水に顔をつける程度の取り組みばかりである。
坊やも飽きてきたので、飛び級できないかと相談したところ、ふた月に1度の検定を通らなければ、より高度な課程には進めないという。受付嬢は申し訳なさそうに、「なにぶんスクールなものですから」と詫びた。
そうか、ここはスクール、すなわち「学校」なのだ。
より高い段階まで習熟していたとしても、所定のプロセスを経なければ先に進めない。
いくら退屈していようと、いくら不毛であろうと、決まりは決まり。それが学校というものなのだ。
だが、学級崩壊やいじめ、あるいは発達障害対策といった学校をめぐる諸般の問題の淵源はこのあたりにあるのではないか。
これだけ多様かつ高度、それでいて安価な教育機会が得られる時代だ。
それにもかかわらず、画一的で護送船団的な手法を堅持しようという学校というシステム。これは変わらざるを得ない。
とはいえ、くだんのスイミングスクールには通いつづけている。そこでの交友関係を、坊やが喜んでいるからだ。効果だけで測れないところも、教育の難しいところなのである。

坊やは運動が苦手だ。だが、当人は人並みにはできたいと思っている。そのあたりは、わたし譲りなので、心情はよくわかる。
この秋、水泳教室に入れてみた。嫌ならすぐにやめていいという条件で、渋々通いはじめた。
顔に水が二、三滴垂れただけで大騒ぎする坊やにとって、水泳はとてつもない荒行だ。
それに、スクールに週に一度通った程度で泳げるようにはならない。むしろ、坊やのような自意識の強い男は、周囲のできる子をみて、劣等感にさいなまれることになりかねない。
そこで、スクールとはべつに近くの温泉施設にあるプールに毎日のように出向いて、特訓を行った。
しだいに寒さがつのるなか、泳がずにぬるま湯に浸かっているのも老骨にこたえる。だが、その甲斐あって、すっかり水を恐れなくなり、今では10メートル近く泳げるようになった。
わたし「できないことが、できるようになることを何という?」
坊や(6歳)「進化」
わたし「進化するとどうなる?」
坊や「自信がつく」
わたし「自信がつくとどうなる?」
坊や「元気になる」
行き来で、こんなやりとりをしながら、進化の威力を刷り込んでいる。
子供時代に勉強も運動もできる、いわゆる「神童」が失速するのは、こうした進化体験が少ないことが原因だ。
最初から何事もできてしまうような子供は、周囲の大人がより高い目標を設定し続けてあげなければならない。でなければ、気づけば、しょぼくれた凡夫になってしまうからだ。
できないことを、反復して、できるようにしていく。この積み重ねが自信にほかならない。
自信をつけた坊やは、今度はアスレチックに挑戦している。こちらもおぼつかない動きであるが、ひとたび進化のプロセスを体験した坊やは元気ハツラツだ。

「週5日、朝6時半に家を出て、夜は10時帰宅。時々土日出勤で年収3000万円」こんな仕事やる?ーー友人とこんな話になった。
私の答えは明快だ。「やらない」
「ユダヤ人大富豪の教え」シリーズで知られる本田健さんにラジオでインタビューしたことがある。
ちょうど、お子さんが生まれたばかりの時期で、これから長野県に引っ込み、最低5年間は育児に専念するとおっしゃっていた。
当時の私は、それがとても奇異に聞こえたが、今はそうではない。
幼少期の子供との時間は、生涯においてただ一度、それもほんの一時期である。そんな貴重な時間を、(いつでもできる)仕事ごときに費消するわけにはいかない。
もっとも本田さんはベストセラーを連発しており、経済的基盤が安泰だから、それが可能であったともいえる。
私にしても、本田健さんの足元にも及ばないが、あまり時間をかけずに得られる収入がいくらかある(家賃、著作権使用料、印税、配当など。ちなみにこれらは自力で構築した)。
「それが、子供への全力投球を可能にしている。そんな恵まれた経済状況だからできるんだよ」という声が上がるかもしれない。
だが、当面の生活に不自由しない稼ぎがあるにもかかわらず、さらなる所得増に精を出している面々も見受けられるのが現実だ。
そこで冒頭の問いを再度投げかけたい。
あなたの日々の経済的活動は、「ユダヤ人大富豪」的損得勘定に見合っているのであろうか。一度胸に手を当てて考えてみてもいいかもしれない。

エリートたちが「安定」を求めた金融機関や役所には、いまやメンタル失調者があふれている。電通事件に見られるように、それはもはや組織の存亡が問われる事態ともいえる。
一方、起業家や芸術家(アーターではない)など、安定に頓着しなかった面々は目下、元気ハツラツだ。
このパラドックスを解くカギは、いったいどこにあるのか。それは「学校」と「母親」であると考える。
学校の教えと母親の願い。その交わるところは「安定」である。
それは当然だろう。おおかたの教師は安定を求めて教師になったのだろうし、多くの母親も安定を打算で伴侶を選んでいるからである。
ともに、おのれの理想とする状況を知恵と努力で勝ちとったという点では、評価に値する。
だが、そこで機能した叡智は、その時代ならではのものであり、潮流が変われば、ものの役に立たないことを忘れてはならない。
安定第二世代の失調は、時代の変化に対応仕切れなかった、先代の意識の投影であるといえよう。(つづく)

実直で果敢で折り目正しい。そんな好漢にかぎって、鬱病などのメンタルを病むのはなぜか。
うちに出入りしていた金融機関担当者は三十代半ば。学生時代、野球部でならした彼はリトルリーグのコーチでもあり、二人の息子の指導もしていた。
そんな彼が自殺した。死因は職場でのパワハラであるともいわれたが、どうやら鬱を病んでいたようである。
子供たちは大泣きしたことだろう。それを思うと、胸が締めつけられる。死んでいった父にしても無念だったことであろう。こんな不幸はなくならないものか。
もうひとり、出入りしている金融機関担当者も、部下5人のうち2人がメンタルの失調で病欠気味。彼らのフォローがたいへんだとこぼしていた。
彼も私もバブル(最終)世代だ。銀行に入るというだけで、人生の勝利者とされた時代に社会に出た。一浪二留した私にとって、彼らはとても眩しく思われ、ずいぶん妬んだものだ。
それはともかく、あれから四半世紀、世の中はずいぶん変わった。その変化の最たるものは、「安定」ではないだろうか。
彼ら銀行員はあの時代、もっとも安定したポジションを手に入れた(と思われた)。
一方の私は学生時代に起業して失敗。もっとも不安定な身の上に陥っていた。
時は90年代半ばのバブルは崩壊直後。すでに歴史的転換点を迎えていたが、それは一時的な「不景気」と思われていた時代のことである。(つづく)

幼稚園でも水泳教室でも落ちこぼれの坊やであるが、卑屈になることなく、泰然としているところがうれしい。
とはいえ、最初からそうだったわけではない。幼稚園の子供たちの挙動にとまどい、振りまわされていた時期もあった。
たとえば、活発な男児が台から飛び降りたり、相撲をしかけてくるので、坊やはすっかり圧倒されてしまった。坊やは無類の怖がりで、おとなしい男なのだ(私もまったく同じタイプだった)。
自信を失いかけているのを見て、私はこう語りかけた。
「いいか、お前は、ああいうことをするなよ。御山人おじさんは屋根から飛び降りたりしないだろ。マスターおじさんは相撲しようとか言ってこないだろ。あの子もいずれおとなしくなる。お前はいち早くおっさんになったということだ。おれはうれしい」
こんな調子で、坊やの態度や心境を一つ一つ正当化し、自分を中心とした磁場を築くように促した。
多少こじつけのきらいもあるが、その結果、坊やの精神が安定し、自信を持ってことに当たれるようになったのは事実である。
すべての子供にこうすべきであるとは思わない。ただ、坊やのような繊細な子供には、かなり強めに肯定する必要があると考える。
子育てノウハウは世に数多あるが、そのなかから見つくろうのではなく、自分で編み出すくらいの気概を持ちたい。
マニュアル本やノウハウ本に盲従したり、学校や塾にアウトソーシングするのでは、子供の味わいが引き立つことはない。問われているのは、われわれ親なのである。

キレる人は、国語力が低いといわれる。胸の内を言語で上手に表現できないと、動物のごとく、吠えたりうなったりすることで、感情を処理せざるを得ないということだ。
怒りをおさめるためには、紙に怒りや恐れの原因を書き出すといいともいわれる。感情は言語によって司られているのである。
司馬遼太郎は、子供には文章語を使わせよと言った。
「水」とか「やだ」という短語ではなく、必ず主語述語を用いた文章語を使わせることで、頭脳は明晰になり、情緒は安定するというのである。
私はこれを取り入れて、幼少期から坊やに文章語をしつけてきた。
たとえば、お菓子を欲しがって泣き叫んだら「ぼくはーーで言いなさい」と要求する。すると坊やは泣きやんで「ぼくはお菓子が欲しいのでください」と言う。そういう時は与えた。
当初はこうしてオペラント条件づけしたが、そのうち「今回はこれこれの理由があるから、やめておけ」と言えば、素直に従うようになった。話が通じる男になったのである。
文章語鍛錬を行わないと、大声で泣き叫べば要求が通ると考えるようになる。
クレーマーやモンスター某という手合いは、この時期、動物から人間になる訓練を受けなかったのではないか。
ちなみに私はこうした訓練を受けていない。それでどれだけ苦しんだことか。
自分が苦しむだけならまだいい。どれだけ人に迷惑をかけ苦しみを与えてきたことか。
こんな苦渋は、これからを生きる子供たちに味合わせたくない。

テレビはよくない。そんなことは自明の理だ。だが、そうした認識が一般的になればなるほど、へそ曲がりの私は擁護論をぶちたくなる。
私は「探偵! ナイトスクープ」とNHKの「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」「72時間」を録画してみている。
大相撲やヒアリといったテーマでも、いったん見始めるととても勉強になることが多いから、興味のあるなしに関係なく全てみることにしている。
「72時間」は丸3日定点観測するドキュメンタリーで、最近、これが気に入っている。
どこがいいかといえば、心やさしくなれるところだ。
ふだん接することのない、たとえば、交通誘導員やマイルドヤンキーという人びとに意外と心なごむ。なんだ、けっこういい人たちじゃいかと。
その点、ネットは心がすさむ。荒々しい言葉と辛辣な言論に疲れを感じたら、テレビをみるのも手だ。精神の平衡に効果があるかもしれない。
ちなみに、番組は笑えるものから先にみるといい。
「探偵! ナイトスクープ」で泣き笑いしてから「Nスペ」をみると、あきらかに映像(特に文字)がよく見える。目の周りの筋肉がほぐされると、視神経の伝達もよくなるのだろうか。

「幼稚園、面白くない」と言いながら、坊やはほぼ皆勤である。
ひところ、行きたくないと本気で意思表示したので、私はこう語りかけた。
「(幼稚園に)行きたくなくて行かないのは赤ちゃん。行きたくて行くのが子供。行きたくなくても行くのがおっさん」
この言葉ひとつで、坊やは淡々と通園しはじめた。坊やは「おっさん」に憧れているのである。
おっさんとは私およびその仲間である。坊やは私の友達が好きだ。
畏友高橋御山人師をはじめ、我が友たちは趣味に仕事に元気ハツラツな英雄豪傑ばかりだ。
こんな憧れを持つことで、どれだけ人生の支えになるだろうか。
いくら言葉を尽くして説得したところで、感情が動かなければ意味がない。道理や損得を説くより、心に「英雄」を持つことが、少年の行動を変えてゆく。
むろん、憧れの存在は父親であることが望ましい。父を畏敬する男児は強靭だ。
ここで問いたい。世の母親は、息子の「英雄」を英雄たらしめているだろうか。
息子の英雄を地に落とすことは、愛する息子の活力を摩滅することになる。
英雄は一人では成り立ち得ない。英雄とはひとつの幻想でもあるからだ。

菅直人元首相と飲んだ。一昨日のことである。というと、いささかもりすぎか。宴席でたまたま隣の席に菅さんが座ったに過ぎず、彼が私を認識していたとは思えない。
菅さんは私の師匠・岳真也先生の盟友であり、この日も一次会から三次会まで、6時間も同席くださった。
じつはこの日、私は気が気ではなかった。というのは、昼過ぎに北朝鮮が核実験を行って、情勢が緊迫していたからである。
歴史懇話会に参加しているさなかから、懇親会は遠慮して、帰路につこうかとそわそわしていた。
そんな不安を払拭してくれたのが元首相であった。隣席で杯を交わしていた間、菅さんのケータイが鳴ったのはわずか2回。それも深刻な連絡ではなさそうだった。それを踏まえ、当座は憂慮すべき状況ではないと確信した。
思えば6年前、かの大震災と原発事故の際、菅さんは首相であった。
家内が菅内閣の法務大臣の秘書をしていたこともあり、結婚式に祝電を頂戴したこともある。
内閣総理大臣 菅直人
この文字をみて、感慨ひとしおであった。というのは、菅さんは私の母校のある国立市を選挙区としていて、若き日の菅さんは毎度毎度落選していたのをよく覚えているからだ。
七転八倒。不撓不屈。弱小政治家が首相になってゆく様は、同時代人として感動的であった。
何度苦難に陥ろうと諦めずめげずに立ち向かう。毀誉褒貶あろうが、現代の英雄の一人といえよう。(尚、私は民主党はどうにも好きになれず、これまで一度も投票したことはない)。
その精神力の在り処を菅さんから聴き出したいと思った。
切り口の一つは、息子さんを「源太郎」と名づけたことだろう。
「源太郎」は、むろん日露戦争の英雄・児玉源太郎にちなむ。菅さんの出身地たる長州の産だ。
リベラル色の強い菅さんと日露戦争の英雄は一見相いれない。だが、そこにこそ、左だとか右とかを超えた一個の英雄の本質が見えてきそうな気がするのだ。
そんな話を伺いたかったが、この場は喧騒に過ぎた。またの機会を探りたい。

Amazonに音声コンテンツを提供しているが、担当者は3代目、もう10年も対面していない(エンドユーザーに至っては誰一人として面識がない)。
コミュニケーション能力というと「対面」という言葉がついてまわるが、これは時代とともに変わらざるを得ないだろう。
これからはリアルのコミュニケーション能力以上に、バーチャルのコミュニケーション能力を磨くべきである。
バーチャルのコミュニケーションで問われるのは、何よりも文章力だ。
文章は書くのも難しいし、読むのも難しい。短文を心がけ、恥ずかしがらずに、顔文字でもなんでも繰り出す。読んでもらえる文章を書く練習は、学校時代に習得すべきことの最たるものといえる。
その点、恋愛はその技術を格段に高めてくれる。それに勉強への意欲も高めてくれる。若者たちには、大いに恋愛に身を焦がしてもらいたい。
いまやネットで知り合って結婚する時代だ。私の友人にも何人もいる。リアルのコミュニケーションは、ともすればノリやムードに流されやすい。そこに冷静な判断をもたらすのが、バーチャルのコミュニケーション能力、すなわち書き言葉だ。
「書くことは人を確かにする」とはベンジャミン・フランクリンの言葉。
「コミュニケーション能力→対面」という図式から親自身が脱却しなければ、子供たちの成長の機会を奪ってしまうことになる。心したい。

子供はよくお皿をひっくり返したり、衣服を食べ物で汚す。そんな不始末は叱らないでやってほしい。
彼らは故意でやっているわけではない。たんに「技量」が足りないのである。
技術的に不可能なことを責めたところで、できるようにはならない。挙げ句の果てには、萎縮して行動を臆する人間になってしまう。だから、私は子供の不始末は叱らない。
ただ、ときには叱ることもある。それは不始末の始末、すなわちフォローをしない時だ(だが、そういうことは滅多にない)。
コップの水をこぼしたときは、自分で拭わせる。食べこぼしたら自分で拾わせる。不始末は、自分で始末すればそれでよい。
不始末をしでかしてパニックになっている時に、叱りつけたり懇々と説教したりしても意味はない。
「ドンマイ。フォローしっかりね」で十分なのである。

たとえば、加熱したヤカンがあったとする。
それに触らないようとするのが「子守り」だ。一方、あえて触らせて学習させようとするのが「子育て」だ。
もし大火傷するようであれば、むろんそんなことはさせないが、そうでない限り、学びの機会は摘むべきではない。
子供を生涯護りつづけられるわけではない。人生体験から得た叡智を、どれだけ子供に授けられるかが、子育ての本質なのだ。
夫婦喧嘩の多くは、子供への向き合い方が発端となる。その多くは、母親の「子守り」対父親の「子育て」という図式ではないか。すくなくとも、我が家ではそうだ。
うちの場合、坊や自身が、みずからの成長を決然と望み、母親からの「子守り」をはねのけてしまった。我が子ながらたいしたものだ。
うちの子に限らず、子供というものは生来的に成長を望んでいる。それが生物としての本能でもある。
だが、母親からの愛情の押しつけをはねのけるタイミングを得られないまま、それを受け入れているうちに、しだいにそれに耽溺してしまう。
世にいうマザコン男というのは、「子守り」を受け入れつづけてしまった、のんびり屋のお人好しなのだろう。
一般的に、母親は自分の子供、とくに男児を「弱いもの」と考える傾向があるらしい。
弱いのだから守ってあげなければという無垢な気持ちが、こうして裏目に出ることは枚挙にいとまがない。
芸能人の息子が問題を起こしたとき、純情な母親による「一生懸命の子守り」が露見する。財力を持った母親が息子をダメにするのは、淀殿と秀頼の時代から変わらない。
本来、子育てという「教育」を担うのは父親なのだが、忙しくて家にいないし、たまにいたところで、母親から教育権を取り戻せるわけがない。
かくして、子守りに馴れきった男児たちが馬齢ばかり重ねてゆくのである。息子に対するなんたる裏切りだろうか。

ひと頃、大学の禄を食んでいたことがある。私の授業は学生にとても評判がよかった。
その理由は明らかである。私ほど、学生の幸せのために全身全霊で尽くした講師はいなかったからである。
こんな不遜な男が、学生たちの幸せのために、憐れなほどの訴えかけをした。もし選挙ならば、悠々と当選していたであろう。
これは冒涜することになるかもしれないが、ほかの先生方には、そこまでの懸命さはなかった。
講義録に目を通すと、目の前の学生たちの幸せに向けてアレンジした形跡はなく、「自分」の切り売りでしかないように思えた。これでは、学生たちの心には響かない。
だがこれは、大学というものが抱える宿痾かもしれない。
経営していたNPO昭和の記憶には、多くの求職者がコンタクトしてきた。それも著名大学の大学院生など、高学歴の人が多かった。
彼らに通底していたのは、それまで自分がやってきた研究や活動を、私のところでやらせて欲しいという態度であった。
NPOのミッション遂行や運営に寄与しようという姿勢はなく、「自分」の一部をそのまま買わせようというのである。
そんな「商品」を買うほど、私はお人よしではない。面接するたびに、うんざりさせられたものだ。
どうやら大学という場は、そんな幼稚な態度が許される気風があるようだ。その傾向は中学や高校以上に濃厚であるように思われる。
高校生のときまでは、毎朝きちんと起きて通学していたのに、大学の4年間を経たら、すっかりだらしない人間に堕ちていたなんてことはままある。
その昔なら、徴兵があった。兵役を経た男たちはシャキッとしていた。大学とは真逆である。
人生は短い。ひとたび、だれてしまうと、ふたたび、ひたむきさを取り戻すには同じかそれ以上の時間がかかる。
大学という浮世離れした場に、人生のだいじな時間を投下すべきか。そんな損得勘定は、これからいっそう取り沙汰されることになるだろう。

「耳学問の盛池塾」から「英雄児育成の盛池塾」へと看板を変えました。
「英雄児」とは、突出や偏りのある子供のことです。
「よばあたれ」と笑われた坂本龍馬、「うつけ者」と蔑まれた織田信長、「姫若子」とよばれるほど気弱だった長宗我部元親。超KYの大村益次郎、超反抗児・河井継之助。幼少期の英雄たちは誰もが問題児でした。
こんにちでしたら、アスペルガーやら発達障害といったレッテルが貼られていたことでしょう。
異常なまでの突出、あるいは異常なまでの偏り、これらが個性であり、それが英雄を英雄たらしめているのですが、これを「障害」とみなす昨今の風潮には違和感を禁じ得ません。
うちの坊やにも突出と偏りがあります。やけにおとなびていて、6歳にして小学校高学年の雰囲気を持っています。
ただ、とても神経質で、同年代の子供たち(あと、動物)を前にすると萎縮してしまう。その一方で、大人や年上の人たちには非常に気安く接するという風変わりな少年です。
運動嫌いなインドア派で、市町村パズルのアプリにはまっていて、寝床では、地図、時刻表、昔話を好んで読んでいます。スタンプラリーに燃えるあたりも含めて、「異常」な私にじつによく似ていて、とても気が合います。
私はその「異常」を修正しようとはまったく思いません。むしろ、それを軸にして、人生を切り拓いてもらいたい。
学校や世の母親は「年齢に応じたバランスのいい発達」を望む傾向がありますが、そんな要求に苦しむ子供は少なくありません。私はそんな英雄児たちが気楽に呼吸できる場を創出してゆくことにしました。
今後、この場で経過など報告してゆきたいと思います。引き続き、よろしくお願いします。

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