22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

34年前の夏、河合塾の模試をさぼって、新宿のアルタビジョンでライヴエイドの中継に食らいついていた。
我が両親は洋楽にうつつを抜かす私を弾圧したので、家ではテレビをみられず、こうした仕儀になったが、苦難の末の体験はむしろ感動を生み、今もなお記憶の印画紙に強く焼きついている。
中学生の頃、英語の個別指導を受けていた先生がNHKのラジオ講座を受け持つことになった。その初回で流れたのが「Radio Ga Ga」だった。
「へえ、先生はこんな曲が好きなんだ」と驚き、それがきっかけでクイーンを少しかじったが、フレディ マーキュリーの風貌とパフォーマンスは当時の私にはハードルが高すぎた。
マッチョのホモおやじという印象が強烈で、その音楽性、ましてや人間性に共鳴することはなかった。さらにその後「不治の病エイズ(当時)」に罹患していると囁かれるに至り「きめえー」となって早三十有余年。
フレディとはジャンルも違うしスケールも比較にならないが、30歳過ぎの頃、私は「時の人」になったことがある。神楽坂時代のことだ。
NHKで特集され、四大紙でも賞賛された(「天声人語」にも出たぞ)。さらには、今はなき親方日の丸銀行からも賞を頂戴して、さらに箔をつけた。
ビジネスも絶好調。我が世の春とは、あのことをいうのだろう。上げ潮とカネにものを言わせて、私は放蕩のかぎりを尽くした(いや実際は、そうでもしなければ、自分を維持できなかったのだが)。
ある日、常軌を逸した私の「交際費」について税理士が苦言を呈した。私はキレて「プロなんだから、なんとかしろ!」と暴言を吐いて、その場で契約を切られた。こんなふうにして当時、たいせつにすべき縁をずいぶん失った。
同時に夜の巷では、さまざまな出会いがあった。私はゲイではないから、そっち系のつきあいはご遠慮したが、情を交わした女性は少なくなかった。
そんなとき、30代以上でエイズ発症者急増中というニュースを目にした。驚愕した私は即座に電卓を取り出し計算してみた。すると、私の感染率は「50%」(もちろん私流の超計算だw)。
以来、2ヶ月にわたって私は廃人と化した。日がな一日、エイズについて調べまくっては絶望の淵に立ちつくした。前後2度、大久保の最前線病院で検査を受けた(潜伏期間があるんです)。
童貞と処女によって懐胎した私が何故こんなことに――。あの時ばかりは、尊敬する祖父由来の荒ぶる血を呪った。
ともあれ私は無事生還した。そしていま「ボヘミアン・ラプソディ」をみて元気に号泣している。
この映画でLGBTに対する認識は一変した。元来偏狭な私だが、すこし多様性受容度が高まったように思う。
だがLGBT諸君よ、時勢を背景にして、のさばってはならぬよ。それでは藤野民の轍を踏むとになる。
フレディ マーキュリーにしても苦悩に煩悶を重ねて、それを楽曲に昇華させた。追い風に便乗しておのれを安売りすることなく研鑽し続けるように。さすれば、その特異ともいうべき個性は伝説として語り継がれることになるかもしれない。
抑えきれぬ衝動と冷徹な自己客観視という、アクセルとブレーキのスパークがレジェンドになる。上っつらだけ真似て、フレ男やマキュ子になってはならない。それは、あなたが憧れるフレディ マーキュリーとはいちばん遠い姿だからだ。

いい歳こいても、虚栄心や自己顕示欲といった俗欲はなくならないものだ。いま私が書いている、この文章にしても「俺のことを誰か認めてくれー」という切ない叫びに他ならない。
生々しい欲望をそのまま露出してしまえば、酩酊おやじや暴走BBAになってしまう。意識の高さを自認するのであれば、その表出においても意識高くありたいものだ。
前回、SNSリア充おやじや自己陶酔婦人をあげつらったのは、ひと言でいえばカッコ悪いからである。みっともないのだ。
「俺、農業やってんだぜー(かっこいいよね)」「私って、こんなに子供思いなんだあ(うっとり)」と中学生並みの自己愛がほとばしる。そんな青春ど真ん中の爺婆を私は正視できない。
人生をかけて、美意識に磨きをかけてきたかどうかは、こういうところに表れる。
その技倆なくば、貧困なる精神は周囲には丸見え。わかっていないのは本人だけだ。SNSは「裸の王様」製造機でもあるのだ。
自慢したい、優越感にひたりたい、自己陶酔したい、自己肯定感を満たしたい、褒められたい。その気持ちはわかる。私など、その気持ちは人一倍強い。
でもステージに上がりたいのなら、技を体得せよ。芸を磨け。醜い自己愛を揮発させ、鑑賞に耐えうるものにするのだ。
藤野民よ、我が子にむやみに芸術にふれさせるよりも、おのれの自己表現技法を磨くことが先決だ。そのほうが、子供の美意識を高めるはずだぞ👺

藤野に絡めて揶揄してやろうと手に取ったが、逆にねじ伏せられてしまった。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』は最高の本だ(タイトルはしょぼいがw)。
論旨をひと言で述べれば「美にふれて、美意識に基づいた自己規範を持て」ということになる。これは私の『英雄問答(ゴマブックス刊)』のメッセージと通底する。
おのれの愚劣さを戒めるために、私は本書を書いた。また私の気質を受け継ぐであろう子々孫々に、自己客観視するための視座として活用して欲しいという祈りも込めた。
私は自分の醜さや愚かさにつくづく嫌気がさしているので、同じように醜態を晒し、愚行を犯す者に対しても強い嫌悪感を持ってしまう。近親憎悪というやつだ。
インスタ映え農業をせっせとSNSにアップするリア充自慢おやじ。お仕着せの「自然」の中で遊ぶ子供の群れに目を細める自己陶酔婦人。教条主義に陥り、髪を振り乱して暴走する視野狭窄BBA。
いずれも、虚栄心、怯懦と傲慢、自己肯定感渇望、視野狭窄、慇懃無礼な優越思想、自己顕示欲といった俗欲を露呈していて、そのお尻丸出しぶりには目を覆いたくなる。むろん、こうした藤野民の姿は私自身の姿でもある。他山の石とすべきだろう。
ではどうしたら、幼稚な自己愛表出を「美意識に基づいた自己規範」へと錬磨できるのだろうか。冒頭の書は、そのヒントを与えてくれるはずだ(拙著『英雄問答』もお薦めダヨw)。
追記 そう考えると「藤野」は、マイ真善美確立の好適地なのかもしれない。イタさあふれる反面教師には事欠かないし、玉石混淆アートにふれることもできるからだ。

法事で藤野の親戚に会った。彼は私と同年代だ。ともに東京からのUターン組だ。
親戚「子供の時は(藤野が)いやだったね。早くここから出たいと心底思ってた」
私「でも、この歳になると、なかなかいいよね」
親戚「ほんと、そう。だんだんよさがわかってきた」
人間には発達段階がある。大人にとって「よきもの」を子供にとっての「よきもの」にあらず。押しつけていると、いずれしっぺいがえしがくる。関連エントリーを再掲しよう。
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子供の頃は好きでもなかった根菜や青魚がじつにうまい。だからといって、我が子に「こんなうまいもの、なぜ食べないんだ」と言うつもりはない。
人にはそれぞれ発達段階がある。味覚同様、価値観も段階を経ながら培われてゆくものだ。
段階無視の跳躍強制は、幼少期のトラウマとなりかねない。いずれ相応の反動が起こることを覚悟しておくべきだ。
ところが、家庭教育においては、こういうことが頻繁に起こる。
たとえば、いま流行りの農業。農作業は子供の情操教育にいいという(その物言いは健康食と通底している)。
わたしも三十代半ばになったあたりから土いじりの愉しさに目覚めた。紅葉や青葉の美しさにも感じ入るようになった。
その頃から、無性に田舎暮らしがしたくなって、新潟や京都の山村に物件を探し回った。よくロハス雑誌を読んだりしたものだ。
とくに子供を持つと、この傾向は強まり、「よい環境」に対する意識は俄然高まる。
だが、大人にとって「よい環境」は果たして子供にとっても「よい環境」なのかは疑わしい。
わたし自身、山や川に囲まれた緑豊かな「よい環境」に育った。だが、子供心にそれはじつに退屈に思えた。
わたしは都市=「悪い環境」に憧れるようになり、田舎=「よい環境」を脱出するべく、もがきあがいた。
こんな経験は、わたしにかぎったことではない。
コンビニもろくにない所より、マクドナルドやゲーセンのある所のほうがワクワクするのが子供の心情だ。その発達段階を尊重してあげたい。
それどころか、「よい環境」を強いられると「悪い環境」に憧れるようになる。「よい食い物」を強いられると「悪い食い物」を渇望するようになる。そんな哀しき反動こそ、理想に燃える親は警戒すべきではないのか。
親たちは、おのれが長年かけて到達した価値観を、いきなり子供の口の中に押し込むようなまねは慎むべきだ。
もし、子供にロハス暮らしや「よい食い物」を日常にしてもらいたいのなら、自分が本心から愉しんで喜んでいる姿を見て、真似するようになってもらうほかない。
うわっつらのポーズや演技など、子供は見抜いている。「よい子」だから、それを包み隠して無邪気を演じているだけだ。
彼らの真意を見過ごすと、いずれ暴発か無気力という末路をたどることになる。
子供は子供。「小さな大人」にしていると、長じて「大きな子供」になってしまうのである。

家内はのんびり屋なので、私がいないと子供たちの就寝時間が遅くなる一方だ。でも、そんなときこそカリカリしてはいけないと、おのれを戒める。こんな忌まわしいことがあったじゃないかとw
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しばらく前になるが、幼稚園のパパ友数名で懇親会を企画した。会場は幹事たる我が仕事場。聞きつけた坊やが行きたいというので、おいでと言った。
数日後、参加者のAさんから「子供の参加はいかがなものか」というメッセージが入った。
私は「翌日休みだし、さっさと寝てしまうから問題なし」とこれを一蹴(そもそも、そんな理由を述べる必要もないが)。
すると、こんどは参加者Bさんからも横槍が入った。
なにやら奥歯に物が挟まったような言い方なので尋ねてみると、Aさんの奥さんから圧力がかかったらしい。それも、Bさんの奥さんを介してだ。
私はスルーした。Aさんの奥さんから、そんな要求をされる筋合いはないからだ。
当時、坊やが通っていた幼稚園は、シュタイナー教育に基づいていて、食事、衣服、言葉遣いなど、じつにさまざまなルール(明文化されていないから空気を読むw)が多かった。そのひとつに早寝早起きがある。
もちろん早寝早起きはいいことだ。うちでも、子供たちは8時には床に就いている。だが、それを他人に勧めるつもりもないし、ましてや強いることなどありえない。なぜなら、そんな言動こそ、子供にとってもっとも有害だからだ。
瑣末なことにピリピリして、意に染まぬからと騒ぎ立て、平然と他人に強要する。こんな親の言動を真似した子供たちは、いずれ社会で孤立することになる。これでは、早寝早起きして健康になったところで何の意味もない。
木を見て森を見ず。目先のドグマに縛られて、より高次の価値が見ないのだ。
視点を高めるためには、おのれに対する苛烈なまでの客観視が不可欠だ。だが、教育熱心な小皇帝たちがそのような成熟の機会を持つことは期待しにくい。

昨夜、藤野離脱者と懇談した。学生時代に「藤野」に入れ込んだが、そこで出会った藤野芸術家は、今にして思えば「アーティストを気取るパリピー」ばっかりだった。その一刀両断ぶりは、この藤野論を凌駕していたぞ。
かつて比叡山には、三千人もの僧兵がたむろしていたという。僧侶とは名ばかり。薙刀で武装した僧兵の跋扈の有り様は、藤野をめぐる状況と酷似するようにも思える。
本物が「芸術家を気取るパリピー」によって壟断される。藤野がそんな虚妄地帯にならぬか心配だ。この件を考える上では、以下のエントリーが参考になるかもしれない。
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収録後のタクシーの車中。グロービスの堀義人さんが「まもなく4人めの男の子が産まれるんだよ」とおっしゃった。
3人の男児は(記憶が曖昧だが)、健人とか治人とか、「コンセプト+人」というパターンの名前だった。堀さんはそれぞれの命名に、政治家、経営者、アスリートになって欲しいという想いを込めたという。
次の子供の名前をいま考え中だというので「アートはどうですか?」とふってみた。
「アートか、芸術家。いいね。でも、どんな字をあてるの?」
「『噫』とかどうですか。噫人」
「うーん…」
こんにち芸術家がもてはやされるのは、その自由さゆえではなかろうか。
一方、銀行員をはじめとする、サラリーマンの人気がガタ落ちだが、その背景には「カネやステータスよりも自由気まま」という価値観の高まりがあるように思う。
起業ブームについても同じことがいえる。起業家は自由気ままで楽しそう。嫌な上司もいないし、時間も自由。カネに不自由しないし、モテそう。
これらは多分に誤解なのだが、そんな上っ面のイメージだけで行動に移してしまうおっちょこちょいも少なくない。
最近の学生はしっかりしているが、それでも、30年前なら銀行員や広告代理店を目指したような面々がいま、芸術やら起業やらに流入しようとしている。
彼らがその道で成功するかどうかは微妙だ。なぜなら、芸術やら起業というものは、スキルとか経験というものではなく「体質」だからだ。
暑がり、酒飲み、肥満などと同様に、芸術家体質があり起業家体質がある。サラリーマン体質というと抵抗があるのなら、御家中体質というべきものもあり、それはそれで尊い。
それを変えようというのは、血液型を変えるくらい困難なことだ。その時間と労力は、自分の得意分野を伸長させる方につかうべきではないか。
さんざん事業失敗を繰り返してきたわたしであるが、じつは安定志向の権化である。安定するために起業を繰り返し、不安定にならないために勤め人になろうとしないだけのことだ。
これは、どちらがいい悪いという話ではない。体質なのである。受け入れた上で、戦略を立てる他ない。
さて、起業体質者の行動癖の一つに「逆張り」がある。
今こそ、サラリーマンになって、銀行に勤めるタイミングなのではないか――そんな妄想がふと頭をよぎることもある。だが、急激な体質改善は大病の元。もう、ジジイだ。ここは自重しておこう。

「藤野病」という言葉を耳にしたのは、幼稚園のお迎えの場である。気持ちが滅入って、動くのがつらくなるというから一種の抑鬱みたいなものか。
じつは京都でも、似たような話を聞いた。私の家は洛北八瀬にあった。大原の隣、比叡山麓の静かな里だ。 八瀬は意識高い系に人気があり、八瀬小学校に入れたいがために、ここに引っ越してくる家族もいる。 私の家は今、大学教授ファミリーに貸しているが、やはり八瀬小学校がお目当てのようだ。
いろいろな点で、八瀬は藤野に似ている。自然に囲まれた環境、意識高い系好みの学校、都市に通勤しやすい利便性。いずれも共通している。
 さらにいえば、両者ともに日差しが少ない。ともに山峡の里なのだ。 冬場の日差しの少ない日本海側では、冬季に自殺が多いという。陽光が不十分だと人間の心は萎えるものらしい。
 「アルプスの少女ハイジ」のクララがかかっていたのが「くる病」で、これも日照不足が原因だという。近年、ビタミンD不足が原因とされているが、日陰の里・藤野の病と症状が似ているようにも思える。 もう一つ指摘したいのは気温である。じつは京都は言われているほど寒くはない。あれは、往時、発信力ダントツの都人がそう嘆き、そう書き残したことが地方に伝播したのだと思う。
京都よりもよっぽど深刻なのは藤野だ。もっと寒いところはいくらでもあるが、藤野の悲劇は、それに対して無自覚なところだ。
藤野も今や、神奈川県相模原市緑区。気温は緑区中心地の橋本や相原あたりが参照されることになるが、かの地と藤野では3、4度違うのではないか。 司馬遼太郎は日本の家屋は防寒に対してあまりにも無防備だと指摘した。私もこの地に暮らしていて、それを実感する。
かてて加えて、ストレスも大きいのではないか。 日々、意識の高い食事を用意し、意識の高い衣類を整え、意識の高い生活リズムを堅持する。意識高い系婦人の心労は並大抵なものではない。それこそが藤野病の最たる原因と思われる。
日照、低温、そしてストレス。「藤野」で、私たちの心身はつよくなるのか、それとも萎えてしまうのか。それはすべて、自覚次第だ。

藤野姫の御降臨によって、私の舌鋒はすっかりフニャってしまった。
もっとも舌鋒などというものは鋭いとロクなことにならない(ラジオで放言して訴訟沙汰になったこともあるw)。
このところブログアクセスが急増していて、いい気になっていた私にとっては、足元を見直すいいきっかけになった。
残るは以下の論点だ。これらを姫に奉っても恥ずかしくないレベルで論じられるか。いま私は、そんなプレッシャーと(ひとり勝手に)闘っているのである。
1インスタ映え農業。彼らはどう見られたいのか。「農業はクール」時代のプロパガンダ戦略と優越思想。
2 シュタイナー学校運営における平等主義と全会一致主義。結局、でかい声がまかり通るのではないか。
3 「芸術村」で創造性は育まれるのか。学者村、文士村との対比。司馬遼太郎の見た「つくば」。
4 卒業生の3分の1が「旅人・放浪者」。藤野シュタイナー学校の標榜する「自由への教育」とは何か。
5 親権喪失時代の父権。膨張する母権と藤野的ほっこりズム。母のユートピアと父と息子のディストピア。
6 ハイテンションの母親とローテンションの息子。楽園を謳歌する母親と去勢された少年。
7 藤野内セクト同士のせめぎ合い。農本主義的コミューンの歴史とオウム、連合赤軍。
8 絶望的藤野エピソード集。これは封印。さすがに書けないなw

すかしたおっさんを見るとカンチョーしたくなり、調子こいてる小娘を見るとスカートをめくりたくなる。そんな嫌なジジイであるが、立派な人を前にすると、子犬のようにいい子になる。
藤野にも立派な人はいる。藤野を論じる上では、その方をあえて思い浮かべぬようにしてきた。なぜなら、闘志が萎えるからである。
だがそうもいかなかった。思いがけず、藤野立派婦人との接点が生じた。あんまり藤野をdisっていると、姫が悲しまれるのではないか。そんなわけで逡巡が芽生えている。
ところが、まだまだネタが尽きないから困ったものだ。ネタ帳には10個以上の論点がメモされていて、書きかけのエントリーも3本ある。
一方、文字数を勘定してみたら9万字を超えていた。新書1冊ぶんはゆうにある。
こんな局地的かつ感情的な文章が商業出版されるとは思えないが、磨きをかければ、教育論として出色の出来映えになるものと自負している。
この藤野論をいかなるかたちで着地させるか、そろそろ真剣に考えたほうがよさそうだ。

「夫婦いいね」は藤野独特の風習だ。学生時代の友人や仕事仲間では、夫婦でおたがいに「いいね」しあうなんて、まずお目にかかることはない。
家内もフェイスブックを始めたばかりの頃は、私の記事にいいねしていた。悪い気はしなかったが、すこし息苦しく感じた。
その後、家内がフェイスブック離れしたからいいものの、あのままだったら、私のほうが離脱していたことだろう。
いずれ坊やもSNSを始めることになる。その時、私は「友達」になるべきだろうか。答えは明快だ。なるべきではない。
行動や考え、交友関係が親に筒抜けで、それらが「いいね」か否かの評価が下され、さらには折々コメントを入れられる。そんなの、私だったらまっぴら御免だからだ。
以前、藤野は「ラブラブ夫婦のまち」であると述べた(藤野論25)。「ラブラブ」とは夫婦円満というわけではなく、その実態は、妻主導・夫追従のカカア天下だと指摘した。
そんな藤野のご婦人にとって、SNSは最強の制御システムだ。そこに書かれない行動は「秘密」となり、そこで綴られた言葉は「言質」となる。
「なんで私が、いいねしなかったかわかる?」という藤野婦人のジロリに、藤野紳士はゾゾォーと顔面蒼白。こんな様子が目に浮かぶw
一度取り込まれたら最後、「交流権」と「自己表現権」は生涯、妻の監督下に置かれてしまうのだから、たまったものではない。
夫婦でも親子でも「距離=プライバシー」は大事だ。藤野ベタベタ家族は、強者たる母親にとっては楽園だろうが、従属する弱者(おもに少年)にとっては魂の牢獄に他ならないのだ。

伯父の葬儀に藤野の親戚も駆けつけた。そのなかの2人からそれぞれ、こう切り出されて驚いた。
「息子さん、シュタイナーだったよね?」
「ええ幼稚園までは。小学校から都内にしました(汗)」と答えると、安心したように顔をほころばせた。
私と違って、我が縁類は控えめで穏やかだ(私の気質は父方の九州系だ)。そんな藤野ネイティブが「自称芸術家」という言葉を使っていたのは印象的だった。
話を聞いてみると、自称芸術家は不気味。新藤野民とその「カルチャー」に言いしれぬ違和感があるというのである。
以前、アートギャラリー経営者と直島に行った。
私は現代アートというものに懐疑的なので、いくつか意地悪な質問を投げつけた。
彼女曰く、現代アートそのものの価値はよくわからない。今は投資先として盛り上がっているから、いいビジネスになる。
作品そのものというより、アーティストのイメージをつくりあげて、計画的に価値を生み出してビジネスにしているところもある。
「霊感商法みたいだね」と向けると、彼女は「そんな面もあるね」と笑っていた。
自称芸術家は霊感商法の詐欺師。市井の人びとは、こんなふうに認識しているのかもしれない。関わるとへんな宗教に入れられて、へんな物を買わされると。
そういえば、藤野にはその昔、とある宗教団体の拠点が築かれそうになった(住民運動で撃退した)。
当時の忌まわしい記憶が「自称芸術家」によって思い起こされるのかもしれない。
むろん、先祖代々藤野で生きてきたネイティブにとって、これがきわめて正常な感覚であることは言うまでもない。
むしろ芸術に酔い、アートにラリっている新藤野民のほうに危うさはある。芸術やアートというだけでひざまずき、両手を振り上げてひれ伏してしまうからだ。
もしここに、強烈なアートカリスマが降臨したら、藤野は一大カルト王国になってしまうんじゃないか。
マンガ「20世紀少年」を読んでいたら、そんなことを夢想してしまったw

藤野婦人「みんな隠れてやってますよ。黙っていればいいんですよ」
私「隠れてコソコソやるような人間にはなって欲しくないなあ」
iPadを持たせ、いっしょにゲームをして、寝床でマンガを読む。坊やの日常は、いずれもシュタイナー小学校の「規則」に抵触する。
これでシュタイナー小学校に入ったら坊やもつらいし、学校も迷惑だと思い、入学は辞退した。
それはさておき、冒頭の藤野婦人の言葉にあるように、藤野ではコソコソしなければならないことが多い。
SNSでみんな繋がっているので、そこに流す記事にしても、藤野的か否かセルフ検閲を加える必要がある。
自省することは大事なことだが、自粛するのは真に厳粛なときくらいでよくないか。
日常的に自粛ムードが漂っているのが藤野の困ったところだ。そんな所で「創造」「自由」なんてハードル高いぞw
ちなみに冒頭の婦人は穏健派だ。私の言葉を受けて、「それもそうですね…」と困惑顔になった。
そんな婦人の力になりたいと思う。これからも元気はつらつで、藤野を論じてゆきたいと思う。

シングルマザーの藤野婦人から相談を受けたことがある。
思春期の息子が急に反抗的になってきて、わけがわからない。どうしたらいいのかと言う。
私は「おろおろしなさい」とアドバイスした。
男というものは、女に対して「守ってあげたい」という心情を持ちたがる。むろん母親に対してもである。
だが、そのためには「かよわい」必要がある。
以前、男性器は弱きものに力を発揮するが、強きを挫く機能は持ち合わせていないと述べた。
これと同様に、男の優しさも、かよわき女にしか発揮されないようにできているのだ(フニャチン男の媚びは強き女に発揮されるがw)。
おろおろする母親を前にすると「安心してね、お母さん。僕が守ってあげるから」と肩に手を置く。
メソメソする女性を前にすると(君を守れるのは、俺しかいない)と心に期す。男とはそういうものだ。
その点、かの婦人もそうなのだが、藤野婦人は強すぎる。
いや、それは本当の「強さ」ではない。「強引」「勝ち気」といったほうが適切だろう。ゆえに「ツヨイ」とでもいっておこう。
少年の権利を蹂躙し、夫の制止も一撃で砕く。そんな「ツヨイ母親」はレジスタンスの対象にしかならない。
息子さんも長年、耐えてきたのではないか。それが思春期パワーを拠り所にして、ついに決起したのである。
「これは喜ぶべきこと。今こそ、おろおろしなさい。そうすれば、彼は一個の男として自立してゆくだろう」そう彼女を励ました。
しばらくして、婦人は藤野を出た。「女の論理」が支配的な藤野から離れることは、少年の自立に向けての大きな一歩となったのではないか。

上から目線に「憐れみ」が加わったら最悪だ。
(ああ、そうなのですね。お気の毒さま。意識が高くなったら、そのうちわかりますよ)という、相手の未熟に理解を示してやったような、上からの眼差しだ。「藤野目線」にさらされるたび腸が煮えくり返ったものだ。
以下は、神学者・高橋御山人氏(当財団評議員)の論考だ。あの不快で侮辱的な「藤野目線」の正体は、酩酊した万能感だったのだ。
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〈寄稿〉「万能感」を戒める「倫理観」を〜高橋御山人

盛池塾長と「藤野」について話すうち、問題の主役たる親達は高学歴で、藤野の親達と同じ問題を持ってたという塾長の両親も高学歴であり、「高学歴親」特有の問題があることが浮き彫りになった。

そして、そこに共通するのは、親達の「万能感」だということも。

親に限らず、高学歴というものは、人に「万能感」をもたらしがちだ。現代社会においては、高学歴であることが「人生の勝者」であるように言われて来たのだから、当然と言えば当然である。

いい大学を出ていい会社に入る(あるいは官僚になる)、それが「上流階級」参入の為のパスポートとして広く喧伝され、事実そう機能して来たことは、今更言うまでもない。

いや、かつての社会においても、そうであった。因果が逆のところもあるが、高等教育機関への入学は、そもそも「上流階級」でなければ難しかった。少なくとも、経済的な余裕が必要であった。

一方で、近代以前の社会においては、高等教育機関は基本的に宗教に付随したものであることが多かった。玄奘三蔵が仏典を求めたナーランダ大学は、世界最古の大学の一つと言われる。中世ヨーロッパで至高の学問とされたのは神学だ。

しかし、宗教というものは、「万能の神」を認めることはあっても、それを信じる人間自身を万能とすることはない。むしろ、人間自身が自分を万能と錯覚する事を戒める。人間自身が万能であるなら、信仰というものが生じる余地はない。

無論、いにしえにも、己を万能と錯覚する宗教者は少なからずいただろうが、少なくとも、表立って振りかざす事は出来なかったし、余程の不心得者でなければ、信仰は少なからず己が万能感を抱く事を抑制する「重石」となったことだろう。

また、近代以降の社会であっても、例えば日本の近代黎明期には、「公への貢献」──故郷や母国の人々の暮らしを良くしたい、といったような目標の為に大学へ行くのは、珍しいことではなかった。

才能があるにも関わらず、経済的に恵まれない少年少女の為に、郷土の「上流階級」が、これを支援するということも、よく行われた。それは、郷土や母国繁栄の為の「投資」だからだ。

このような「公への貢献」「郷土への貢献」という意識は、宗教的倫理観とよく似ている。神道のような氏族・郷土に根差した宗教にあっては、信仰の核心とさえ言える。

それは神道が「氏神さん」を重視することでも分かる。氏神とは古くは名の通り氏族の祖神であり、かつて同一集落内の居住者は基本的に同一氏族とその係累だった為、郷土の守護神を意味するようになった。

だから、「公への貢献」「郷土への貢献」もまた、己が万能感を抱く事を抑制する「重石」となっただろう。己の万能感に酔っていては、郷土や母国の繁栄など覚束ない。

西洋も驚くトンネル技術によって掘られ、日本初の水力発電、日本初の市電をもたらし、遷都に伴って衰退しつつあった京都を復興させた琵琶湖疏水は、21歳の若さで抜擢された田辺朔郎が設計したものであり、彼はまさに神の如き能力を発揮したのだが、その万能感になど酔っていただろうか。

かつて、高度な知識は、高度な倫理を伴っていたのである。必ずという訳でもないが、高等教育機関への進学に宗教的倫理観が付随する状況が、現代よりもはるかに多く、高度な知識を持つ事で、過度な万能感を持ってしまう危険が、ある程度回避されていたように思う。

知識とは武器である。それは己や己の属する社会の未来を切り拓く武器となるが、使い方によっては、人の未来、己の未来をも破壊する武器ともなる。高度な知識は、大量殺戮兵器ともなり得るのだ。核兵器も毒ガスも、高度な知識なしに作る事は出来ない。

高度な知識は、高度な倫理とともにあるべきである。高学歴は、高倫理とともにあるべきなのだ。

初等から高等まで、多くの教育機関は、校訓などに倫理的内容が含まれていないということはまずない。それは、もちろん単純に社会の成員となる為の倫理教育という意味もあるだろうが、同時に、知識という刀を授ける際に、同時に倫理という鞘をも授ける必要があるからなのではないだろうか。今では名目だけとなり、教育者自身その理由を分かっていないことも少なくないだろうが。

高度な倫理が伴わず、高度な知識だけ持ってしまった、高倫理が伴わず、高学歴だけ持ってしまった極端な例が、連合赤軍であり、オウムということであろう。

オウムは宗教であるが、ここで言う宗教的倫理観が欠如していたことは言うまでもない。連合赤軍とて、理想社会の実現という一種の宗教的目標があったはずだが、それに見合った倫理観は欠落していた。

もっと踏み込めば、近代に至り「神は死んだ」と叫ばれた後、高学歴者達の倫理不在が、二度の世界大戦のような愚行を産んだとさえ言い得る。

無論、近代以前にも悲惨な殺戮はいくらでもあった。しかし、知識(とその結晶としての技術)自体がそこまで高度でなく、それを持つ人も少なかった為に、世界大戦のような同時多発的大量殺戮はなかった。

そして、危険な武器たる高度な知識を持つ者が、己の叡智を際限なく殺戮に資するというようなことも少なかったが、それは高度な知識とセットであった、高度な倫理観が「重石」となった影響もあるだろう。宗教教団が営む高等教育機関で、大量殺戮技術を研究することは、少なくとも表向きは憚られたのだから。

そもそも、いかに「上流階級」やその支援を受けた人々であっても、現代のような高度な文明に囲まれていなかった人達が、現代人ほど過剰な万能感を持つはずがない。貴族であっても、容易に伝染病に倒れる時代もあったのだ。

人類が持つ知識は、高度化する一方である。だから、それに伴って万能感を持つことを抑制する倫理観を、高等教育で授けるべきだろう。

その為に、人の子の親が万能感を持たないようにすることは、言うまでもない。繰り返しになるが、倫理観の欠如した高学歴者が過剰な万能感を持った結果が、連合赤軍やオウムなのだ。

彼らは、自分が万能と錯覚し、世界が自分の理想と異なるのを見て、一足飛びに己の理想を実現しようとした。それは安易である。

人は万能ではない。だから、人の世も完全ではない。己が理想が必ずしも良き結果をもたらすとは限らず、信念を持ってはいても絶えずそのチェックは必要で、さらに、その理想を実現するにも、長い年月がかかる。

社会的な理想を実現するというのは、簡単なことではないのだ。どこか「理想郷」に行けばそれが実現するとか、金を出せば簡単に買えるとかいうようなものではない。残酷なことかもしれないが、「藤野に行けば理想が叶う」とか、そういった安易なことではない。

子供の教育とて同じである。人は不完全であるから、親も不完全であり、子も不完全である。一足飛びに理想が実現する事はなく、「理想郷」に行けば理想の子が育つとか、金さえ出せば理想の子になるとか、そういうことはないのだ。長い時間をかけ、どこまでも本心で向き合う、それ以外にあるまい。

企業においてさえ、最重要なことは構成員が「腹を割って話し合う」ことだと、海外の著名なコンサルタントが指摘している。それさえ出来ればそもそもコンサルなど必要ないと。いわんや、親子においてをや。

さて、蛇足ではあるが、二十二世紀志向の当育英会としては、末尾に未来志向の話を一つ。

高度な知識に高度な倫理が伴うべきなら、AIも高度な倫理を伴うべきであろう。事実、現在開発中の自動運転では、緊急時に何を優先すべきかというテーマが重要な検討事項となっている。これなど見ても、高度な知識に高度な倫理が伴うべき証左と言えるだろう。

AIですら、不完全な選択肢しかない状況に追い込まれ、倫理を必要とする。そんな時代に、人間程度の知能で、万能感に酔っている場合ではない。

北朝鮮に民主主義があれば、わざわざ朝鮮「民主主義」人民共和国と主張することはあるまい。
ひょっとしたら、自由ヴァルドルフ学校(シュタイナー学校の本場ドイツでの呼称)の「自由」についても、それがいえるのではないか。
シュタイナー教育では「自由」が高らかにうたわれる。藤野のシュタイナー学校のサイトにも、次のような一文がある。
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子どもたちが、外側からの権威や価値にもたれかからずに、自分で考え、自分の感情を膨らませ、自分の意志を行動と結び付ける「自由」をもった大人になれるように育むこと。これが《自由への教育》です。
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この理念を体現しているのは、他ならぬ私だ。
〈自分で考え、自分の感情を膨らませ、自分の意思を行動と結びつけて〉日々「藤野論」を展開している。これは〈外側からの権威や価値〉との対峙なくしてはなし得ない。
シュタイナー教育の目指す「自由をもった大人」の私であるが、シュタイナー教育の標榜する「自由」には首をかしげてしまう。
次の一文を読んでいただきたい。先ごろ配信されたシュタイナー学園のメルマガからの抜粋だ。
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私が「こんなに先生が子どもを一人ひとり見てくれて、自由な学校はないよ」というと、(注:娘は)「もう自由はいらない」と言い放ち、他の高校に進学を決めました。
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シュタイナー教育のいう「自由」とはいったい何を意味するのか。「もう自由はいらない」と言い放った少女にとって「自由」とはいったい何だったのか。
シュタイナー教育における「自由」とは、ひょっとしたら「覚醒」や「解脱」のような、宗教的ステージを指すのかもしれない。
導師「覚醒すれば〈自由〉になれるのです。そのためには、今こそ気持ちをたしかに持たなければならないのです」
少女「もう〈自由〉なんていりません。お願いだから、ここから出して」
こんなシーンを妄想してしまったw
かくして、この少女は「自由」を獲得した。〈自由〉から逃れて、今ごろ真の自由を満喫していることだろう。
こんな時、つくづく女は強いなと思う。行動が一直線だからだ。少年だったら、そこまでの果敢な行動はとれないだろうな…。だからこそ、私は藤野少年を憂える。藤野少年に光あれ!

3年ほど前、小学4年の少年が不審死した。警察は自殺としたが、あまりにも不可解な死に、私はたいへんな衝撃を受けた。
その後、この小学生はシュタイナー学校(藤野ではない)の生徒だったと判明した。
ネット上には、シュタイナー教育との関係を取り沙汰する書き込みがあふれたのは言うまでもない。
ことの真相は私にはわからない。ただ親御さんや学校の責任を問うのは、あまりにも酷だと思う。したがって、ここでは「自殺」とシュタイナー教育の因果関係を述べるつもりはない。
私がこの件を引いたのは、以下の報道記事を紹介するためである。
〈同校近くの住民からは「あそこの学校は親同士の仲はいいけど、生徒同士が笑顔で話しているところはあまり見ないんですよね」という奇妙な声も聞かれる。〉(東スポ ウェブ版からの抜粋)
東スポにしては、じつに歯切れの悪い文章であるが、云わんとするところは汲みとれる。
思うところはあるが、この件については、やはりやめておく。
あらためて、亡くなった少年を悼み、遺族、関係者にお悔やみを申し上げる。

「急に集中力がついてきて、子どもが片っ端から本を読み始めました」――こんなシュタイナー学校の体験談を最近読んだ。
だがこれは本当に「教育効果」なのだろうか。
子供をシュタイナー学校に入れる親はいずれも高学歴だ。彼らの小学生時代も「急に集中力がついて、片っ端から本を読み始め」たのではないかな。要は「遺伝のたまもの」であると言いたいのだ。
知能や性格、そして身体能力はほぼ遺伝で決まる。差別につながるので、大声では言えない御時世だが、もはや真理といってもよいだろう。
ひるがえれば、後天的な教育などというものは、たいして意味がないということになる(ただし、習得しようという意欲があれば話は別だ。ただし、そう思えること自体が遺伝的資質ともいえる)。
親の夢を託し、エゴを満たすために施された「教育」など、数年を経ずしてメッキが剥がれてしまうのだ。気づけば、親と同じような人生を歩んでいる。これが厳しい現実だ。
遺伝と教育については、以前、以下のようなエントリーを書いた。ご参考に。
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『日本人の9割が知らない残酷な真実』(橘玲)はタイトル通り残酷な本だ。
子供の未来を「学校」に託そうとする親たちに、冷や水をかけることになるからだ。
音楽、執筆、数学、スポーツといった分野において、遺伝の影響度合いは80〜90パーセントになるという。
同様に、知能も性格も遺伝であるというから、教育は意味ないのではないかと絶望する親も少なくないだろう。
このスクールで勉強すれば、食いっぱぐれない資格が取得できますよ。この学校で教育を受ければ、芸術性が育まれますよ。
おのれが成しえなかった「理想」への変身を願う親にとって、こうした囁きかけは魅力的に映る。
だがそれは、しょせん開運ペンダントやパワースポットめぐりのようなもので、お望みの結果につながらないのが現実らしい。
自分には才能がないにも関わらず、子供に医者やらアスリートやら芸術家になってもらいたいなどと期待するのは「頑張って血液型を変えろ」というようなものだ。
そんな無茶振りをされた身にもなってみるがいい。それは教育ではなく虐待だ。
だが、悲観的になる必要はない。忌まわしき遺伝的制約を「持ち前」と言い換えてみてはどうだろうか。
遺伝を積極的に受け入れ、それを社会に適合させてゆく力。これこそ教育の本質に他ならない。
先祖代々、営々と受け継がれた所与の持ち前をいかにして生かすかが、当代たる我々に問われているのだ。
遺伝を通じて子供と共有した「持ち前」。これに磨きをかけてゆくという夫婦親子の共同事業。これが親が成しえる最高の取り組みなのではないか。
こんな崇高ないとなみを、学校にアウトソースするのはもったいなさすぎる。

「僕たち、ゲームとかスマホとかやらないけど、不幸じゃありません」
シュタイナー学校(藤野ではない)の説明会で登壇した在校生の弁だ。
申し訳ないが、額面通り受け取れなかった。本心とはほど遠い、強弁に聞こえてしまったのだ。
若い頃の強がりは大事だ。意地を張ることは、血気のあかしだ。強がって強くなる。そんなこともままある。
だがそれも度を過ぎると、憐れみを惹起してしまうから怖い。
女性諸氏にはわかりにくいであろうが、男にとって最もつらいのは同情されることだ。
「本当は羨ましいのでしょうね。かわいそうだから、優しくしてあげましょうね」こういう眼差しが、いちばんこたえる。
「おれ、めちゃくちゃゲームとかやりたいんですけど、うちの学校はだめなんですよね。卒業したら、ソッコーでスマホとか買います」くらい吹っ切れていればいうことはない。
だが、シュタイナー少年たちは賢いので周囲を慮る。冒頭の弁には、その忸怩たる思いがにじみ出ていた。
ゲームに通じて友情を育み、好きな女の子とLINEして心ときめく年頃だ。ふつうに青春を謳歌させてあげたいと思うのは、私だけではあるまい。
また不足体験は、いずれ過剰なかたちで帳尻を合わせられることになる。
「欲しがりません勝つまでは」と我慢を強いられた日本国民は敗戦後、物欲にまみれた。
幼少期に不足を感じたものを生涯追い求めるのが人間のさがであるともいう。
そのあたり、シュタイナー翁はどのように考えていたのだろうか。もう一度学び直す必要がありそうだ。

「今『ドラえもん』という言葉が聞こえてきましたが?(まさか、ドラえもんを読んでいるのじゃないでしょうね)」と先生。
漏れ伝え聞いた、シュタイナー学校でのひとコマである。
「ドラえもん」はシュタイナー教育では御法度だ。キャラクターものは衣類を含め、接することは禁じられている。
一方、うちの坊やはいま「ドラえもん」にのめり込んでいる。
「書籍代は青天井」という父以来の方針にのっとり、毎日のようにドラえもんを買い与えているので、全45巻のコンプリートも目前だ。
ドラえもんは私も読破した。少年に行動を促し意欲を高めてくれる最高のマンガといえる。坊やが「日記を書きたい」などと言い出したのもドラえもん効果だ。
マンガを否定するのは簡単だ。「絵でイメージが固定されやすい」とかなんとか御託を並べればよい。だが、教育というものはそういうものではあるまい。
エデュケーションはラテン語の「educatus(引き出す)」を語源とする。意欲や行動の起点を引き出し、育むことが教育の本質なのだ。
その点、意欲や行動の芽を摘んでしまうシュタイナー教育には首をかしげざるを得ない。
やりたいことはことごとく弾圧され「心身によいこと」ばかり強要される。これはもはやパワハラだ。
パワハラにさらされた子供は、パワハラを平気でやる人間になりやすい。なぜなら、それは彼にとって「普通のこと」だからだ。
「ブラック」の連鎖がいま藤野で始まろうとしている。これを地元民として傍観することはできない。

「ずいぶん待たされたって怒ってたよ」と藤野婦人。知り合いの藤野民が、妹のいとなむ歯科医院で待たされたことに憤っているというのだ。
それは申し訳ない。「ごめんごめん。伝えておくよ」と私はお詫びしておいた。
ところが実情はまったく違っていた。当該の藤野民が大遅刻してきたので、ほかの患者さんを先に通したのだった。
この一件は、いかにも藤野的だ。自分のことは棚に上げて平気で怒る。さらには、当事者でもない者が、同じく当事者でもない私に因縁をつけているあたりがだ。
ほとんどの藤野民は穏健な常識人であるが、類は友を呼ぶ。藤野には、面倒くさい人の比率はかなり高い。
たとえばPTAでご一緒する高尾婦人には、この手の人がまったくいないから、じつに対象的だ。
今後、個人向け「信用格付け」が進展するなか、一人ひとりの品性が問われるようになる。クレーマーや面倒くさい人は、どんどん忌避され排除される世の中になるのだ。
「藤野」の民度がこのままであれば、早晩「申し訳ありません。藤野の方は特別料金になります」ということになりかねない。
藤野在住というだけでレーティングを下げられ、買い物も割増価格、サービスを受けるにも保証人が必要という事態になるかもしれないのだ(すでにヤクザはクルマも買えなくなった)。
パーマカルチャーをうたうのであれば、藤野を品位あるものにしてゆくことだ。藤野婦人よ、まずはお行儀をよくすることから始めよう。

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