22世紀に生きる君たちへ

「よばあたれ」といじめられた坂本竜馬、 「うつけ者」とバカにされた織田信長、 「姫若子」とよばれるほど内気だった長宗我部元親、 超KY大村益次郎、超どん臭い吉田松陰。 超発達児・偏発達児・臆病児が、英雄児だ。 英雄児育成の盛池塾。塾長・盛池雄峰のブログです。

【藤野論16:かくして「藤田嗣治」は藤野を去っていった】
戦時中、藤野に画家・藤田嗣治が疎開していたことは藤野民なら誰でも知っている。それが「藤野=芸術の里」というイメージに大きく寄与しているのだが、調べてみると、実情はずいぶんと違ったものであることがわかった。
藤田嗣治という男は面白い。戦時中は陸軍美術協会理事長として戦争画を手がけた。これによって、戦後GHQから「戦争協力者」として追求されることとなり、千葉の醤油屋などに身を潜めたという。
戦犯扱いに嫌気がさしたのか、それからまもなく、以前暮らしていたフランスに「亡命」している。
そんなおっちょこちょいな藤田は5回も結婚している。3回のわたしにとっては大先輩である。
無軌道な色恋沙汰を繰り返し、おだてられると、すぐのってしまう。創りたいものだけ渾身で創る。好き放題で自由気まま。ゆえに白眼視され、しばしば排撃される。藤田嗣治の姿は、なんだか自分を見るようで面映ゆい。
そんな藤田であるが、今もし藤野にいたら、どうだったかと夢想する。
藤田のような男は、藤野婦人のもっとも嫌うタイプだ(藤野婦人が「ステキ〜!」とする芸術家は「葉加瀬太郎」みたいな感じかw)。
ともかく、藤田のような過激で行儀の悪い男は藤野では、まずお目にかかれない。品行方正、お行儀がよいのが藤野紳士なのだ。
当時と今ではまったく違うが、藤田のような男がいつまでも藤野にいるはずがない。経歴から算出すれば、藤野疎開はせいぜい数ヶ月。藤田嗣治は、藤野から早々に立ち去ったようである(それどころか、ウィキペディアには藤野疎開の記録すらない!)。
かくして、芸術の里・藤野は、芸術家・藤田嗣治を定住させることはかなわなかった。
だが、そんな「藤田嗣治」をして、藤野の御当地有名人にしてしまったのだからすごい。それを手がけた人びとこそ、じつは藤野の英雄なのではないか。
PR=パブリックリレーションズに、じつは藤野の本領はあるのかもしれない。藤野はPRのまちでもあるのだ。

「サンタ風習」はいつから始まったのだろうか。わたしの子供の頃にはすでにあり、クリスマスの朝を心待ちにしたものだ。
その後、「サンタさんの真実」を知ってからは状況が一変した。親心を慮り、2年間気づかぬふりをした。その後も妹三人のファンタジーのために4年間とぼけてみせた。
妹から「お兄ちゃん、本当にサンタさんているの?」と真剣な眼差しで尋ねられたことがある。小学生には酷な問いかけだった。
長じては、クリスマスは恋人と過ごすものとされ、そのためにどれだけ四苦八苦したことかw
わたしにとって、クリスマスは心労の種でありつづけた。そして親になった今、サンタがまた厄介を運んできた。
シュタイナー幼稚園には、年末のクリスマスシーズンにアドベントという行事がある。毎朝、小箱の中に、きれいな石が入っていて、子供がそれを発見するという趣向だ。
坊やは感情をあまり表さないが、これには心踊っていたようで、毎日楽しみにしていた。
しかし、家内はそそっかしいので、時々仕込みを忘れることもあって、そのたびに坊やは、その現象の因果関係(どういう日に、石が入っていないのか)をしきりに推測していた。だが、さすがに母親のおっちょこちょいには思いは至らなかったww
ただ、こういう趣向に、どのような意味があるのだろうか、それが気になって仕方がない。
もしそれをシュタイナー教育者に尋ねても、「それは頭で考えることではなく、心で感じることなのです」とすげない答えが返ってくるのは目に見えている。だが、わたしは心底知りたい。
試みに、家内にこの問いをふってみると「子供には夢を見せてあげたい。感性が豊かになる」と判で押したような答えが返ってきた。
「夢」を見るにしたって、感性を育むにしたって、ほかにもっといい方法や道筋がいくらでもあるだろう? センス オブ ワンダーの涵養というのなら、手品やトリックアートでもいいのじゃないか。
わたしには、こうした「官製体験」にともなう葛藤やストレスを考えれば、むしろ逆効果ではないかと思われてならない。
意地悪な見方をすれば、子供のためというより、子供の「純粋さ」にうっとりする親のためのイベントなのではないか。
子供の「感性」を刺激して、その反応を見て目を細める。これはいかにも藤野的だ。
親をはじめとした大人たちの衆人環視のもと、藤野少年たちはつねに「感性豊かな反応」を求められる。だが、感性豊かな少年であればあるほど、その圧力で消耗してゆくのだから悲劇というほかない、
お仕着せの「装置」の中で、予定される反応を引き出すのではなく、瞠目し魂がふるえることをみずから探し出す。これを促すことが、教育の本分ではないかと思われるが、いかがであろうか?
わたしの認識がまだまだ至らないのかもしれない。ぜひ、このあたりについて見識をお持ちの方がいらっしゃったらご一報いただきたい。

藤野の大和屋という店が好きだ。昨夜、子供たちを親と妹家族に預けて、家内と二人で出向いた。
ここには藤野の、それも最も意識の高い人たちが集う。このところ、藤野をdisっているので、取り囲まれて吊るし上げに遭うのではないかと危惧したが杞憂だった。
店内には、面識のないひと組の客。中年の男女4人から「移住」という言葉が漏れてきたから、知己を頼って見学にでも来たのだろうか。
こんにち藤野への移住者は250世帯400人にものぼるという。
250もの家族(なり個人)が「地上の楽園」に恋い焦がれ、乾坤一擲の大勝負を挑んだわけだ。
藤野在住でも可能な仕事を確保し、新たに土地を求め家を建てる。子供をシュタイナー学園に入れて、朝な夕なにクルマを駆って送り迎え。合間合間に用事をこなす。なんたる激務。
これは、国分寺あたりに家を建てて、同じく都心に通勤し、子供を近隣の私立に通わせることの1万倍も難易度が高いといえる。
藤野移住、それは起業、いやそれ以上の一大事業なのだ。かなりの経営能力が問われるのは言うまでもない。
移住したまではいいものの、これほどまでに苛烈とは思わなかった。泣く泣く撤退していく人も後を絶たない。わたしが知るかぎりでも6家族ある。
始めてしまった「ビジネス」の厳しさを前に呆然とし、危機感、焦燥感、そして自責の念。これらにさいなまれる藤野婦人も少なくなかろう。
だが、そこでピリピリしてはならない。その悪しき波動は、子供たちや夫の心身を蝕むことになる。最愛の息子の情操を地に落としてしまうだろう。
探し求めた「藤野的平穏」は神奈川県の片隅に行けば得られるのではない。それは、あなた自身の心の中に現出させるものだからだ。

藤野少年に、豚肉抜きで豚汁を供したことがある。もちろん彼はイスラム教徒というわけでない。菜食主義者の母親がそう願い出たのである。
わたしは野菜はうまいのでよく食べる。だが菜食主義、ましてやヴィーガンともなると引いてしまう。それはもはやイデオロギーだからだ。
好きで食っているぶんには、野菜も心身のためになるだろうが、思想信条のために食っているというのは、どうなのかな。
むしろストレスの原因になって、心身の健康(というより元気)を損ねるのではないか。
ましてや、それにつきあわされるほうはたまったものではない。先の藤野少年は今の反動で、将来ジャンクフード好きにならないか心配だ。
かくなる暴走婦人の存在も藤野の特徴の一つとして挙げられよう。
坊やがシュタイナー幼稚園時代、父母会で就寝時間の話題が出た。わたしは自慢げに「8時までには寝ています」と言うと、園長先生が顔をしかめた。遅くとも7時までに寝かしつけるべきだということだ。
じっさい、我が家以外の家庭では、6時くらいから寝床に入るという。放課後まっすぐ帰宅すると、寝巻きに着替えて、寝る準備に取り掛かる。子供は寝るのを嫌がるので、それをなだめすかし、時には怒りで弾圧しながら寝床に送り込む。
ここまでして長時間寝たところで、どんな意味があるのだろうか。いい夢見られるのだろうか。
食生活にしても、生活リズムにしても大事なことだと思うが、あまり規律に縛られていると、かえって元気を損なうのではないか。かりに「健康」になっても「元気」でなければ意味がない。
その点、先の藤野婦人も菜食やヴィーガンで家族の「健康」を実現できても、主唱する当人だけハイテンションで、周りがみんなグッタリでは本末転倒もいいところだ。
偏食の妹がジャンクフードを食っているのを見かけると、健康食好きのわたしは「おいおい」となる。
だが、彼女は健康かつ元気だ。体型もいいし、表情も凛々しい。そんな妹にヴィーガンを強いたら、身体を壊してしまうどころか死んでしまうかもしれない。
何が心身に合うかは百人百様。それぞれ自分が元気はつらつになれる物を食えばいいのである。
家族の食をつかさどる母親たちよ、求道の道づれを家族に求めるな。ひとり精進せよ。

藤野婦人の多くはユニークな衣装を身にまとう。うまく説明できないので、わたしは原宿の竹の子族みたいな服と言っている。近所の工務店のおやじさんは「ゾロっとしたかっこう」と表現していて、これには笑ってしまった。
「せいけ、あれはガイア系っていうんだよ」
そう教えてくれたのは、中学高校の先輩だ。彼は農学部を出て山梨県庁に入り、ずっと山の仕事をしている。暮らしも、見惚れるようなロハスぶりで、とても刺激を受ける。
「藤野」の存在を教わったのも彼からだ。それまで藤野なんて、小学校の遠足で芋掘りに行く所という程度の認識だった。
その先輩と昨夜、甲府で飲んだ。
わたしは先輩を「本格ロハス家」として持ち上げようとするのだが、どうも「ロハス」扱いされるのは嫌そうなご様子。恥ずかしい、くすぐったい。ロハスとは今や、そんなイタい呼称になっていたのだ(この変遷は、往時の「フリーター」を彷彿とさせる)。
ライフ オブ ヘルシー アンド サステナビリティでLOHAS。健康で持続可能な生活者ということで、本来なら、なにも恥ずべきことはないのに、これはどうしたことか。
平成に入ってから、ロハスはブームになった。バブルに至る都市型経済一辺倒の時代への反動なのだろう。2000年ころから田舎暮らしや農業がもてはやされるようになった。
また、30代も半ばを迎えると、どういうわけか「田舎」への希求心も高まるものらしい。わたしもじっさい、新潟や京都に古民家を探しに行ったことがある。
今の暮らしぶりも、健康と持続可能を心がけているから、わたしもロハス生活者の一員なのであるが、わたしのような「なんちゃってロハス」と先輩のような本格派では格が違う。
当財団の理事は、山梨の古民家に親と暮らす。
少年時代から、いやいやながら農作業を手伝ううちに腕が磨かれ、今ではみごとな野菜をつくる。
相伝の味噌を醸し、漬け物を仕込む。地域の祭礼や行事には顔を出し、年相応の役目を果たす。
そんな彼に「ロハスだねえ」とふっても「は?」と目を丸くするだろう。それは、彼の日常だからだ。
だんだんわかってきたぞ。ロハスという言葉には、カルチャースクール、あるいは日曜大工といった手すさび的な響きがあるのだな。もっといえば、創造的というより消費的という軽佻浮薄なイメージが。
週末に空手を習っているおじさんが「私は空手家です」なんて、本物の前で言ったらボコられる。
先祖伝来の田畑を耕す人の前で「私は農のある暮らしを始めました」なんて言ったら、「それは、たいへんですねえ(=奇特なことですねえ)」と同情されるかもしれない。
新参者の大量流入を前に、「お前らのロハスはファッション。俺たちと一緒にしないでくれ」というのが本格派の本音なのじゃないかな。
でも、本格ロハス者は慎ましいので、ロハスの称号を週末耕作者やロハス消費者に譲ったのではないか。かくして「ロハス」の地位は凋落していった。これがわたしの推理である。
世の美食家は「おいしんぼ」と揶揄される。同様に、「ロハスくん」と言われて赤面してしまう日も遠くなさそうである。

詮索好きのわたしは、藤野移住者に出会うと「移住は誰の意向?」と訊ねる。
答えは、ほぼすべて「妻の意向」。むろん、夫婦同意も少なくないが、夫の意向で越してきたという人に出会ったことはない。
子をなした妻は、二階級どころか十階級も特進して家庭の差配者となる。
妻に引きづられるようにして、心ならずも藤野にやってきた夫も少なくなさそうだ。
藤野の売り文句のひとつに「都心に通勤できる」がある。藤野駅から新宿まで中央線で約1時間。たしかに通えなくもない。
だが台風や雪で、鉄道も道路もサクッと寸断され、あえなく陸の孤島と化してしまう。中央線は人身事故も多い。
藤野から日々都心に通勤するのは苦役以外の何物でもない。
わたしが高尾駅前のマンションを保有するのは、少年時代、何度も高尾駅で足止めを食った苦い体験があるからだ。
藤野に移住するなら、高尾にも拠点を持っておいたほうがいいですよ。
それはさておき、都心の「外貨」をもってして藤野生活を成り立たせるのなら、それはリゾートと変わらない。
早朝、凍土を革靴で踏みしめながら藤野駅。そこから都心に「出稼ぎ」に出て、毎晩リゾートにやってくる。田舎暮らしは、男たちの超絶移動によって支えられているのである。
そんな父の背中を見た少年の心境や如何に? 
わたしのように「ここから出てやる!」と発奮するのか、それとも「結婚ってたいへんだな」と諦念を抱くのか。パーマカルチャー藤野の後継者たちの胸の内は複雑だ。

ジャンクフードは忌み嫌われる藤野であるが、ピザとコーヒーだけは例外だ。なぜなのだろうか。
この二つについては「こだわり」が発揮されやすいからではないかと、わたしはみている。
ピザなら生地から、コーヒーなら豆から。こんな「こだわり」があれば、それは「作品」。藤野民は「作品」に弱い。
藤野にかぎらず、こんにち「こだわり」は尊いものとされるが、本来の字義に従えば「こだわり」とは「拘り」。無用な執着や偏執を意味するネガティブな言葉だ。
「拘り」の文字通り、ひとたび「こだわり」を発揮されれば、コーヒーだろうとピザだろうと、そのまま味わうわけにはいかない。その「こだわり」に見合った言辞をもって賞賛なり鑑賞せねばならないからだ。
藤野少年の消耗の一因は、この「こだわり」にあるのではないだろうか。
少年にとって食い物なんて、しょっぱくて油ギトギトで大盛りならなんでもいい。こだわり料理では腹がふくれぬ。
「こだわり」は好事家同士でぺたぺたやればよいのだが、地域の「文化」はそれを許さない。
だが、そもそも文化というものは自然体であるはずだ。肩肘張らず力まぬから、接する者は心安らぐ。それが文化というものだろう。
その点、こだわりオヤジが「おりゃあ」とやっているのは文化とはほど遠い。
藤野では、しばしばこの「おりゃあ」に遭遇する。「どや? わいのこだわり」とにこやかに突きつけてくる。これが疲れるのなんの。

藤野の地域通貨「よろづ屋」はとても重宝している。これだけの拡張性と弾力性、そしてなによりも、この簡便性。天才的発明といえる。
トランジッションツアーで見学した、藤野電力や森部といった未来志向の取り組みも興味深い。これらに携わる人たちの存在は、藤野の魅力を高めている。
何度も言うが、藤野は意識高い系の大人にとって、とても魅力的なまちだ。
子育てがひと息ついた夫婦や子供のいないカップルには、最高のコミュニティだろう。我がふるさととして誇らしい。
ただ子供、それも少年を持つ親にとっては、いったん立ち止まって、彼の目の高さまで、かがんでみる必要があるのではないか。ここまで、そんな問題提起をしてきた。
「藤野ってさあ、やっぱり大人の楽園だよな。気心知れた友だちと、しょっちゅうパーリーできてさw」
「子供をダシにして遊んでばっかいるなって、親父から怒られたよww」
そう大人が笑い飛ばしてしまえば、なにも問題はない。少年の腹にストンと落ちるからだ。
「楽しそうだな、大人って。俺も早く大人になりたいな」と素直に受け止められる。
ところが、「藤野の主役は子供。子供の心身の健全なる育成を考えて、藤野に移住してきたのです」という厳粛なるメッセージを前にすれば、少年たちは戸惑う。「え、どこが? 親の趣味じゃないの。俺の感覚って変?」こうなると、彼の社会的座標軸はゆがみ始める。
「藤野はパーリーピーポーのまち」でいいじゃないか。「大人のパラダイス・藤野」でいいじゃないか。藤野の風通しは一気によくなるぞ。少年たちも後に続くぞ。それでこそパーマカルチャーだ。
パーマカルチャー、サステナビリティの要諦は「正直」に立脚する。勇気ある正直が、藤野というまちをより魅力あるものにしてゆくのだ。

藤野論を日々開陳している。書き始めたらとめどなく溢れてくるので、自分でも驚いている。
疑義を基調としているから、藤野ラバーの多くは気色ばむことだろう。「そんな文章見たくない。燃やしてしまえ!」と目を吊り上げる人の顔も脳裏をかすめるw
だが、昨日ダイレクトメッセージをくれた藤野婦人のように、わたしの指摘を真摯に受け止め、家族そして自分の暮らしを顧みようという余裕のある方もいる。
我がふるさと藤野、そして大学時代、子安先生から手ほどきを受けたシュタイナー教育。そして二児の父親でもある。このテーマを扱わないほうがどうかしている。
今後も私見を述べていくが、わたしの疑問への答えをお持ちなら、ぜひご教示いただきたい。
藤野およびシュタイナー教育を通じて、我が論考に磨きをかけたい。よろしくお願い申し上げます。

シュタイナー学校には通知表がないという。競争原理からの離脱ということなのだろうか、ともかく学びを数値化しないという方針ということだ。
だが、少年にとって、競争はエンターテイメントである。
勉強でも運動でもゲームでも、数値化することで自己の力量を認識でき、成長を実感できる。
他者との競争に勝つことで自信が得られ、負けた屈辱によって克己心がやしなわれる。
こうした体験が、少年の心を躍動させ、胸を熱くさせ、目を輝かせるのだ。
むろん、数値化や競争を経ずして自信を持てるならそれに越したことはない。屈辱をバネにしなくても奮起できるなら最高だ。
だがそれは、あまりにも理想主義的であり、年端もゆかない子供にそれを要求するのはあまりにも短兵急だ。
一度数字や競争の世界に身を置いて、その愚かさや虚しさを痛感し、そこから新たな境地に到達する。これが人間の成長段階というものではないか。
最初から教条主義的に競争否定を植えつけられた人よりも、段階を経て高みに到達した人のほうが、人間的に奥行きと幅があると、わたしには思われる。
現実の平和が往々にして、「平和主義者」ではなく、戦いに倦んだ闘士によってもたらされることは、歴史をみても明らかだ。
数値化と競争、これらは必要悪かもしれない。しかし、これによって、少年は元気はつらつになる。この成長過程を尊び、ひとまず数値化や競争を受け入れてはどうか。
さて、わたしはいわゆる「受験戦争」の渦中に育った。小学校5年生から、スパルタ指導で知られる進学塾に電車通学した。教室では「気力」と書かれた鉢巻をして、小6のときは夜11時まで授業があった。
マスコミは「子供たちがかわいそう」「偏差値教育は悪」という論調で俎上に上げたが、当事者たる我々受験少国民はそんなふうに思っていなかった。
親の目を離れて、夜出歩けるし、買い食いもできる。向上心あふれる友達との時間は至福の時だった。
授業前は本屋で立ち読み。模型屋やゲーセンにもよく行った。夏期講習の昼休みには手打ち野球に興じ、勉強合宿では好きな女の子と話ができて舞い上がった。
都心での模擬試験の帰りがけ、建設まもない新宿の高層ビルのなかでドロケーをしたのも懐かしい思い出だ。
毎月テストがあり、順位が1位からビリまで貼り出された。ふだんは中くらいの成績だったわたしが一度だけ1位になった。このときの興奮と喜びは今でも鮮明である。
あれから30年以上の歳月を経た。今ではさすがに数値化(今なら所得とか資産か)や競争には熱くなれない。より尊びたい尺度や美意識が芽生えたからだ。
だが、数値化と競争に明け暮れた時期は無駄だったとは微塵にも思わない。あの時期があったからこそ、こうして昇華できたのだ。
人間には発達段階がある。「よきもの」を親が発見したからといって、いきなり子供の口を開けさせて押し込むようなことは避けねばなるまい。

シュタイナー学校(ちなみに藤野ではない)の入学説明会。在学生の親とのディスカッションのひとコマ。
わたし「我が家は三世代同居。子供の祖父母はふつうにテレビをみている(じつはわたしも家内もw)。隣に暮らす従兄弟はユーチューブ動画大好き。近くの大叔母は公文教室をやっているので、つきあいで通わせている」
すると、在校生のお父さんは「それだと、シュタイナー教育は難しいかもしれませんね」と苦笑いしていた。
聞けば、シュタイナー家族はほとんどが核家族ということだ。テレビは禁止。食べ物をはじめ、コードが多いので、家庭内は「一様」でなければ成り立たないのであろう。
多様性が叫ばれるなか、一様性への帰依を求める威風堂々ぶりは尊敬に値するが、「共有しにくさ」こそ、彼らが信奉するサステナビリティを困難にする元凶だとお気づきだろうか。
それはともかく、こんな奇跡的な環境が、少年にとってよきものなのか疑念は消えない。
たとえば思春期を迎え、シュタイナー教育的価値観を受け入れられなくなったらどうするのだろうか(これは大いにあり得る)。
両親も、学校の先生も友達もみんなシュタイナー者。異端者とされた少年は、どこに逃げ場を求めればいいのだろうか。
ネットでもどこでも、居場所を見つけてくれればいいのだが、罪悪感なく行動に移すにはハードルは高い。
たしかに、こんな苦境をバネにして飛躍の機会とする人生も多々ある。悩みは成長の糧だ。
人間誰しも悩みはつきものではあるが、せっかく悩むのであれば、より上質な悩みで頭を抱えたい。
一様的な価値観が支配する環境からの離脱程度では虚しいではないか。これは、わたし自身の半生が証明しているw

シュタイナー学校の体験授業は魅力的なものだった。少年期の学びを、違う角度から振り返ることができたからだ。
歳をとれば、視点や視座が凝り固まってくる。それをほぐしてくれるシュタイナー教育的アプローチは、じつは大人にこそ有効なのかもしれない。
このことは、藤野のレストランで供される「ロハス食」にもいえる。野菜を中心とした料理はしみじみうまい。だがそれも、中年の今だから感応できる味覚といえる。
少年時代に「ロハス食とマック、どっちがいい?」と聞かれたら、迷わずマックを選んでいたはずだ。
そんな時期を経て、大人の味覚に変わってゆく。そういう意味で、いきなり大人の食い物を押し付けるのは無理がある。
春先、藤野の陶芸市に出向いた。子供たちは退屈していたが、わたしは楽しかった。この数年で、焼き物の味わいが心にしみるようになったからだ。
藤野は、そんな大人の楽しみに満ちあふれている。わたしが「藤野は大人のまち」であるというのは、こういう視点による。
では、子供たちにとって、藤野は楽しいまちなのだろうか。
藤野では、頻繁にロハス系やアート系のイベントが開催される。会場は、クルマで集った家族づれで賑わう。
中山間地の藤野はアップダウンが激しい。また、ひと気の少ないエリアが多いので、子供のひとり歩きは物騒だ。だから、移動はクルマに頼りがちになる。
豊かな自然の中に身を置きながら、クルマ依存度がかなり高いというのは皮肉なことだ。
隣町の上野原は市街地化されていて、藤野ほどの緑はない。だが、そのぶん子供でも自由に歩き回れる。
先日、近くの神社でお祭りがあった。友達同士連れ立ってきた小中学生が目につく。楽しそうだ。親の目の届かぬところで、友情なり愛情なりを育むといい。
少年にとって、親(とくに母親)同伴は、みじめな気持ちにさせられるものだ。友達がいないことより、母親とべったりしているところを見られることに屈辱を感じるのである。
母親の心情からすれば、いつまでも子供といっしょに遊べるのが誇らしいと感じるらしいから、この齟齬は容易には解消しそうにない。藤野少年の乳離れの日はいつ訪れるのだろうか。

藤野やまなみ温泉の休憩室には大型テレビがある。これにかぶりついて、食い入るように観る子供たちはシュタイナー学園の生徒であるという。我が家に来るシュタイナー少年もゲームにむしゃぶりつく。彼らの「メディア」渇望ぶりは、見ていて心が痛む。
シュタイナー教育では「メディア」は忌避されるべきとされている。テレビやタブレットはもちろん、ゲームなんてもってのほかである。
これについては、以前以下のようなエントリーを書いたので、それを再掲してみよう。
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【「メディア全面禁止」家庭の子供が、メディアのカモにされる】

子育ての大問題のひとつにメディアとの向き合い方がある。過日、こんなやりとりがあった。
その友人の家にはテレビはなく、ネットも親がスマホを保有するにとどまる。当然、ゲームなんてもってのほか。
一方我が家は、家内は日がな一日テレビを見て過ごし、私も子供を前にしてタブレットを手にして語りかける。
そんな我が家のメディア環境に対し、友人はその害悪を唱えてやんわり批判してきた。
私にしたって、ゲームをはじめとしたメディアが害が生じうることは百も承知だ。岡田尊司氏の『脳内汚染』の衝撃は生涯忘れない。
だからといって、「メディアは怖い。だから、シャットアウトすべき」とはならない。
疑い深い人ほど詐欺に遭いやすいというが、これは本件についてもあてはまるのではないか。
つまり、メディアをシャットアウトする者ほど、メディアの餌食になるのである。
考えてみてほしい。「怖い」からと排除していれば、いいものと悪いものの峻別もできなくなる。そんなピュアな子羊がオオカミの格好の餌食になることは火を見るよりも明らかだ。
メディアーーというよりコンテンツといったほうが適切だがーーのなかには、子供の生育にとってよきもの、人生を豊かにするものもすくなくない。にもかかわらず、十把一からげにして扱うのは思考停止といっていい。
そんなことでは、先々カモにされるのみならず、現代版「読み書きそろばん」を教えられなかったとして、将来、子供から恨まれることになるはずだ。
だから、親こそメディアやコンテンツには精通すべきなのだ。エロやバイオレンスとまではいわないが、ひと通りふれた上で、子供に許容できる範囲を示すべきだろう。
私はゲームなら「ドラクエ」「信長の野望」「シムシティ」は推奨したい。マンガではこれこれ、テレビ番組ではこれこれという具合に推奨コンテンツはラインナップできる(ほかのを見たければ、親の目を盗めばいい。それも人生技法の一つだ)。
すべて排除でもなく野放しでもない。このスタンスこそが、当人のメディアリテラシーを育むと確信している。
子のためを思うのなら、率先してメディアおよびコンテンツの現場を渉猟跋扈し、子が歩むべき道を切り開いておくべきであろう。
そこを歩むかどうかは子供次第だ。ただ、だいじなことは、親が果たすべきつとめを避けていては、子が一から始めなければならないという現実をことをわきまえておくことだ。こういう局面において、親の本気度が試されるのである。

藤野を語る上で避けて通れないのがシュタイナー教育だ。
日本にシュタイナー教育をもたらした子安美智子先生は、藤野のシュタイナー学園の礎を築いたとされる。
わたしは早稲田大学教育学部で子安先生の謦咳に接し、シュタイナー教育に惹かれるようになった。
当初、坊やはシュタイナー幼稚園からシュタイナー小学校への進学を予定していた。だが取りやめた。入学面接の翌朝、辞退を申し入れたのである。
理由の最たるものは、坊やが嫌がったことである。彼は意思表示がはっきりしているので、こういうとき助かる。坊やの意志が最優先だ。家内もわたしも異論はなかった。
だが、これに至る半年間、シュタイナー学園進学をめぐって悩みに悩んだ。
これを知ってか、とあるパパ友が「学園進学はやめたほうがいい。絶対合わない。和を乱す」と、わざわざ家にまで来て忠告してきた。
たしかに合わないし、和を乱しかねない。だが、こんな干渉を平然とするほうがどうかしている。
多様性のまち藤野には、この手の干渉や介入、さらには強要や排除までやりかねない人がわりといる。わたしが「同調圧力のまち」だと指摘するのはそのためだ。この一件も判断材料になった。

多様性を標榜する藤野は、現実には「同調圧力のまち」なのではないか?
子供が主役のまちとされる藤野は、じっさいには大人が主役なのではないか?
創造のまちとされる藤野の実態は、アート消費のまちなのではないか?
パーマカルチャーのまち藤野は「一代限り」のまちになってしまうのではないか?
藤野に対するわたしの疑念は枚挙にいとまがない。
断っておくが、わたしは「藤野」を難詰しようというわけではない。これは、藤野という謎のコミュニティの真実を見たいという好奇心の発露。
したがって、わたしの問いに解を授けてくれる方が現れることを心から望んでいる。新たな知見を得たい。
ただ、わたしの疑念がもし実相を捉えているとしたら、そこに暮らす少年たちの社会性に大きな悪影響をもたらすことは確実だ(その点、少女は大人の事情を理解しやすく、むしろ独特の社会観を獲得するかもしれない)。
ひとつひとつの事象に真逆のラベリングがなされている異界。ふつうの少年なら混乱し、社会適合上、支障をきたすことになる。
ごく一部のエネルギー値の高い少年なら、その欺瞞を見抜き、猛然と抵抗するか離脱をはかることだろう。
ともかく、藤野的に育てたい親にとっては望ましくない経過をたどることになりそうだ。
さて、わたしがことさら「欺瞞(と思われること)」に対して敏感になるのには訳がある。
それは、わたし自身、同様の環境下に置かれて混乱し、社会適合上たいへんな苦労を味わったからだ。
ここでは詳しくは述べないが、親の標榜する理念と目の前の現実の乖離に混乱し惑乱し身悶えたのである(他人にも迷惑をかけた)。
むろん、親に悪気があってそうしたとは思えない。むしろ、崇高なる理念のもと現出させた環境だったと自負していたのではないか。
だが、ナチスにしてもカルト宗教にしても、当初は世界平和の実現や健康健全なる心身の獲得を標榜していたように、崇高なる理想というものは、しばしば非人間的な状況を生み出す。
藤野では、そんな過激さに出くわすことがしばしばあり、そのたびに、自分自身の少年期を思い起こして身震いするのである。

もし「藤野」で少年期を過ごしていたら、わたしはグレていただろう。あるいは、無気力になってしまったかもしれない。
藤野は田舎暮らしや意識高い系の生活をしたい人にとっては全国的な聖地となり、近年移住者が増え続けている。
祖母がこのまちの出身であり、親戚も多い。わたしの地元上野原とはすぐ隣。合併計画もあったほどだ。わたしにとって、ふるさとと言ってもいい。
この藤野に、坊やの通った幼稚園があったこともあり、これまでさまざまな縁を得てきた。
そんな藤野に対して疑義を呈するのだから、藤野ラブな人たちとの交友関係にヒビが入ってしまうかもしれない。
だが、これも多様性。こんな見方、考え方があるのかと、寛容に受け止めるのが藤野流であろう。ご容赦願いたい。
親が子になす最大の悪行は、社会的価値軸をゆがませたり反転させることだと、わたしは考える。それはしばしば、理念と実態の乖離から惹き起こされる。
たとえば、酒飲みの父親。彼が「俺は酒に目がないんだよ。いつも、つい飲み過ぎてね…」と頭をかくのなら、たとえ酒飲みでも問題ない。子供の価値軸はゆがむことがないからだ。
だが、「酒なんかべつに飲みたくないけど、家族を食べさせるためには、仕事やつきあいもある。自分だけイヤとは言えない云々」と詭弁を弄して、おのれを正当化するのなら、親の言葉と現実の齟齬で子供は混乱する。これが、子供の価値軸はゆがませることになる。
わたしは坊やと旅することを好むが、これはあくまでもわたし自身が楽しいからである。
だから、坊やには「坊やと旅するのは楽しいなあ。ありがとね」と言っている。
だがこれを「こうして旅行に連れて行くのも、君のためを思って云々かんぬん」などと恩着せがましくしていれば、価値軸もゆがむし、信頼関係も損なわれることになる。
「正直」こそ、親のみならず、子供と向き合う大人に求められる最大の徳目なのである。
大人の正直なくしては、子供は社会をとらえることはできない。
少年の目に映る像は現実とされず、一方、彼には見えてこない「現実」が現実とされる。こんな環境に置かれれば、誰しも混迷し無力感に追い込まれることになる(ごく少数の元気者は反発して飛び出すかもしれないが)。
わたしが藤野の少年たちを懸念するのは、まさにこの部分においてなのである。

「ダンナのことは好きだけど、息子には、ああなって欲しくない」こうのたまう母親は少なくない。
女性という生き物は、優良な遺伝子を残したいという本能を持っているーーそう学んだが、これはいったいどういうことか。
「旦那のことはべつに好きでもないけど、息子には旦那のような男になってもらいたい」
このほうが女性の本来のあり方に近いように思える。ちなみに我が嫁は、このタイプである。
さんざんお見合いを繰り返して、わたしをよしとしたのも、わたしという人物というより、元気で生命力のあるタネに惹かれたのであろう(家内本人もそんなことをいっているw)。
ちなみに夫婦仲がよいというわけではない。いわゆるラブラブ夫婦とは程遠い。
だが、男としては、ラブなどどうでもよい。ただし、リスペクトは不可欠だ。
リスペクトなき関係は屈辱でしかない。リスペクトは男が男として存立するための拠り所だからだ。
最愛の息子に父親のようになってもらいたいかどうか。これが、夫へのリスペクトの存否をはかる踏み絵となるのだろう。
そう考えると、世の中に「都合のいい女」というのが存在するように「都合のいい男」というのも存在するようである。
尽くしてくれる。こまめによく動いてくれる。そんな好都合な男は、このご時世引き合いも多かろう。
だが、ひとたび男児をなせば、状況は一変する。我が息子には「都合のいい男」になってもらいたくないからだ。
だが、息子が「都合のいい男」へと成長する可能性はかなり高い。それが遺伝をめぐる厳しい現実だ。
好都合を追求した挙げ句、究極の不都合に直面してしまう。問題の先送りはより大きな禍根を招く。
都合より本能。論理より直感。おのれの身体から聴こえてくる声をキャッチするほうが自然(じねん)の加護を受けられるように思う。

子供に医者にしたいのなら、親ができうることは2つだ。
1つは、これから親が医者になること。もう1つは、難病で不慮の死を遂げることだ。
むろん例外はある。だが、おのれの力量を超えた希望を子供に託すことは、今から猛勉強するか死ぬかくらい過酷なことであることを知っておきたい。その想像力がなければ、パワハラ育児につながることだろう。
だが、世の親は無邪気に高望みする。自分の血が流れていることを棚に上げて、教育という「呪術」に精を出す。
長年、知力についての遺伝の影響は「さほどない」とされてきたが、近年ようやく、「大いにある」と是正されてきた。
体格や運動センスについては明確で、東京オリンピックでの活躍が期待されるアスリートは軒並み元選手の子女であることからも明らかだ。
一方、知能系については、遺伝の影響はタブーとされてきた。
だが、先ごろノーベル賞を受賞した本所佑先生の親も医師であるように、遺伝(あるいは文化圏)の影響が絶大であることは明白だ。
しかるに、いまだに先天的要因(=遺伝)よりも後天的要因(=教育など)のほうに期待をかける人のほうが大多数だ。
世の中に学校及び教育関係者は多い。この現実は、社会の土台骨を揺るがしかねない。当面「ない」ことにされるのであろう。
こうした現実といつまでも夢を見ていたい親の心情があいまって、今日も子供たちは、親からゲームを禁止されながらも、親の無理ゲーを強いられている。

「別居」といえば、人聞きが悪いから「別宅」とでも呼ぶべきか。家内と同じ屋根の下で過ごすのは、週に2日か3日だ。
たとえば今日。わたしは八王子の家で日がな一日読書。家内と子供たちは、昨日から山梨の家で、我が両親や親類たちと過ごしている。平日は、これが逆になる。
私は自由業、家内は専業主婦なので、放っておくと四六時中いっしょにいることになりかねない。
上手にすれ違わなければ、いくら仲がよい夫婦でもストレスがたまる。時には、火花が散ることだろう(ましてや、うちなどなおさらだ)。
一部の人から「すれ違い夫婦は、子供にとって悲劇」「家族はつねにいっしょにいるもの」という批判を浴びることもある。だが、そう思っているのは、たいてい女性である。
夫のほうは「ああ、たまには、ひとりでいたいなあ」が本音なのであるが、口にできずにいる。彼らは、通勤の途上、つかの間の静寂を味わうことでよしとしているのだ。
女性諸君には、なかなか理解できないだろうが、男には「静寂」が必要なのである。
孤独な時間がなければ心は冷え、魂は枯れてしまう。ときには、ひとり静かな時間を持つことで、心身を回復させる必要がある。
そういう意味で、母親のこまごまとした世話は、少年にとって「騒音」でしかない。そして、ひっきりなしに騒音にさらされた子供は疲弊して、やがて活力を失っていくことになる。
何度も言うが、男には静寂が必要だ。すれ違いシステムは、そんな男を癒やしてくれる、家内安全方略なのである。上手にすれ違ってくれる家内に感謝したい。

『日本人の9割が知らない残酷な真実』はタイトル通り残酷な本だ。
子供の未来を「学校」に託そうとする親たちに、冷や水をかけることになるからだ。
音楽、執筆、数学、スポーツといった分野において、遺伝の影響度合いは80〜90パーセントになるという。
同様に、知能も性格も遺伝であるというから、教育は意味ないのではないかと絶望する親も少なくないだろう。
このスクールで勉強すれば、食いっぱぐれない資格が取得できますよ。この学校で教育を受ければ、芸術性が育まれますよ。
おのれが成しえなかった「理想」への変身を願う親にとって、こうした囁きかけは魅力的に映る。
だがそれは、しょせん開運ペンダントやパワースポットめぐりのようなもので、お望みの結果につながらないのが現実らしい。
自分には才能がないにも関わらず、子供に医者やらアスリートやら芸術家になってもらいたいなどと期待するのは「頑張って血液型を変えろ」というようなものだ。
そんな無茶振りをされた身にもなってみるがいい。それは教育ではなく虐待だ。
だが、悲観的になる必要はない。忌まわしき遺伝的制約を「持ち前」と言い換えてみてはどうだろうか。
遺伝を積極的に受け入れ、それを社会に適合させてゆく力。これこそ教育の本質に他ならない。
先祖代々、営々と受け継がれた所与の持ち前をいかにして生かすかが、当代たる我々に問われているのだ。
遺伝を通じて子供と共有した「持ち前」。これに磨きをかけてゆくという夫婦親子の共同事業。これが親が成しえる最高の取り組みなのではないか。
こんな崇高ないとなみを、学校にアウトソースするのはもったいなさすぎる。

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